歯科理工学

歯科理工学とは

歯科理工学（しかりこうがく、英語では dental materials and devices）は、歯学における基礎研究分野の一つです。この学問は、人間の歯や顎（あご）、口といった顎口腔領域で使用される多種多様な材料、機器、そして器具について、それが生体全体にどのような影響を及ぼすかという観点から、科学的・工学的な側面を深く研究します。

研究対象と関連分野

歯科理工学の研究対象は非常に幅広く、

歯の欠損を修復するために用いられる詰め物や被せ物の材料（歯科修復材料）
失われた歯を補うための入れ歯やブリッジなどの材料（歯科補綴材料）
* 外科処置や治療、検査などに使われる様々な器械や器具（歯科器械）

といったものが含まれます。これらの材料や器械は、口という特殊な環境下（湿潤、温度変化、咬合力など）で使用されるため、それぞれに求められる物性や機能、安全性が厳密に研究されます。

この分野は、その性質上、物理学、化学、生物学といった基礎科学の広範な知識を基盤としています。材料の強度や劣化、化学的な安定性、生体組織との相互作用などを理解するためには、これらの科学分野との連携が不可欠です。また、バイオマテリアル（生体材料）というより広い学問領域とも密接に関係しており、医療分野全体における材料科学の進歩を取り入れています。

さらに、臨床歯学分野、例えば虫歯治療を行う保存修復学や、入れ歯やブリッジを作る歯科補綴学といった分野とも深く関連しています。臨床現場で必要とされる材料や技術の開発・改良は、歯科理工学の研究成果に基づいています。例えば、歯科金属アレルギーのような、材料の使用によって引き起こされる可能性のある生体への不利益についても、材料の組成や特性の観点から研究が行われ、安全性の向上が図られています。

歴史的変遷

「歯科理工学」という言葉が学術分野として明確に認識され始めたのは、比較的近年のことです。記録によると、1928年に東京高等歯科医学校（現在の東京医科歯科大学の前身の一つ）が設立された際、当時の校長であった島峰徹氏が、それまで使用されていた「歯科材料学」などとは異なる新しい名称としてこの言葉を選んだのが最初とされています。これは、単に材料を扱うだけでなく、そこに物理学的・工学的な視点、すなわち「理工学」的なアプローチが重要であるという認識の表れでした。

戦後、日本の歯科教育体制が整備される中で、歯科理工学は正式な学問分野としての地位を確立していきます。1947年には、歯科教育審議会によって定められた教授要項の中に「歯科理工学」が科目として取り上げられました。そして、1950年にはこの名称を冠した専門書籍が出版されるに至り、歯科理工学は歯学教育・研究における不可欠な分野として広く認識されるようになりました。

現代における重要性

現代の歯科医療は、審美性、機能性、そして生体への優しさ（生体適合性）を高度に両立することが求められています。これを実現するためには、高性能な歯科材料や精密な医療機器の開発が不可欠です。特に近年、接着性レジン、セラミックス、チタン合金、さらには再生医療に繋がる新しい生体材料など、歯科材料技術は目覚ましい進歩を遂げています。これらの新しい材料や技術を安全かつ効果的に臨床応用するためには、それらの特性を深く理解し、適切に使用するための科学的根拠が必要です。歯科理工学は、このような現代歯科医療の基盤を支え、さらなる発展を推進する上で、基礎歯学の中でも特に重要な役割を担っています。

関係する学術団体

歯科理工学の研究促進や知識の普及に貢献している主要な学術団体としては、日本歯科理工学会などがあります。このような学会は、研究成果の発表、情報交換、教育活動を通じて、歯科理工学分野全体の発展に寄与しています。

このように、歯科理工学は、歯学と理工学が融合した分野として、過去から現在に至るまで歯科医療の進歩を支え、人々の口腔健康の維持・向上に貢献し続けている重要な学問分野です。

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