毎朝御拝

毎朝御拝：天皇の祈りが込められた毎朝の儀式

毎朝御拝（まいちょうごはい）は、近代以前の日本の天皇が毎日行っていた宮中祭祀です。清涼殿内の「石灰壇」と呼ばれる、地面に接する特別な祭祀施設において執り行われました。天皇は、伊勢神宮のある東南の方角に向かって、国家の平和と安寧を祈願しました。この伝統は、明治以降も侍従による宮中三殿への代拝という形で「毎朝御代拝」として現在まで続いています。

毎朝御拝の起源と歴史

文献上の初出は、平安時代の『宇多天皇御記』（仁和四年、888年）とされています。宇多天皇は、大嘗祭を間近に控えた時期に、以前からの慣習として毎朝御拝を開始したと記されています。しかし、この記録が最古のものであるとは限らず、それ以前の天皇も毎朝御拝を行っていた可能性も高いです。『後水尾院当時年中行事』には、近世においてもこの儀式が続けられていたことが記録されています。

中世以降は、白川家からその作法が伝承されました。ただし、御拝の後、御祝詞の前に三種大祓を唱えるようになったのは、戦国時代以降の可能性があります。また、毎朝御拝の後には常御所において『鏡御拝』が行われていましたが、これは後陽成天皇が始めたものであるという説があります。さらに、幕末には剣璽の間で『剣御御拝』も行われるようになりました。

天皇親祭の伝統と毎朝御拝の成立

天皇による親祭の歴史は古く、神武天皇や崇神天皇の時代まで遡ります。古来より新嘗祭、大嘗祭、神今食など重要な祭祀において天皇自ら祭祀を執り行う伝統があり、これは『記紀』における「同床共殿」の神勅の精神を反映していると考えられます。平安京大内裏の神嘉殿成立を経て、宇多天皇の時代に内侍所における「神鏡奉斎」と清涼殿における「毎朝御拝」が確立したと考えられています。

石野浩司は、『宇多天皇御記』の記述から、宇多天皇が自ら毎朝御拝を創祀したと主張しています。古代中国の堯・舜の皇帝祭祀への憧憬、日本紀講書による『日本書紀』への影響、そして伊勢神宮への強い信仰が、毎朝御拝成立の背景にあったと分析しています。宇多天皇は「わが国は神国である。よって毎朝四方の大中小の神祇を敬拝する」と記しており、嵯峨天皇時代の「元旦四方拝」を基盤として、毎朝御拝が制度化されたと考えられます。

当初の遥拝の対象は伊勢神宮と内侍所が中心でしたが、時代と共に諸社や北斗などが加えられました。平安内裏の焼失後も、閑院内裏、富小路内裏、そして江戸時代の安政内裏と、石灰壇は再建され、神事は継続されました。平安京大内裏焼失後は、石灰壇の代わりに「御帳之間」に御屏風二帖をめぐらし、「石灰壇代」として神事を続けました。

孝明天皇と毎朝御拝

安政五年（1858年）の記録によれば、孝明天皇は丑刻（午前2時）に起床し、内侍所で御鈴の儀、潔斎の後、朝餉御座で宸筆宣命を染書し、清涼殿内の石灰壇で「石灰壇御拝」、常の御所に戻って「鏡拝」を行いました。これは毎朝御拝の日常的な流れを示しています。

天皇の御製に見る信仰

歴代の天皇は、毎朝御拝を通して、国家の安寧を祈る思いを深く詠み込んでいます。後花園天皇、霊元天皇、櫻町天皇らの御製は、その祈りの心を代弁しています。これらの御製は、毎朝御拝が単なる儀式ではなく、天皇の深い信仰と民衆への慈愛に満ちた行為であったことを示しています。

参考文献

武田秀章『維新期天皇祭祀の研究』
中澤伸弘『宮中祭祀：連綿と続く天皇の祈り』
伊藤聡『神道とは何か：神と仏の日本史』
石野浩司『石灰壇「毎朝御拝」の史的研究』
小倉慈司、山口輝臣『天皇と宗教』
皇室事典編集委員会編著『皇室事典：令和版』
木村大樹『古代天皇祭祀の研究』
田中章義『後世に語り継ぎたい御製と御歌』（普及版）

もう一度検索