毛皮のマリー

『毛皮のマリー』：寺山修司の異色劇とその歴史

『毛皮のマリー』は、1967年に初演された寺山修司作の戯曲です。男優が女装して演じる男娼マリーを主人公とするこの作品は、その斬新な演出と、母性や日本社会の暗部を鋭くえぐる内容で、初演当時から大きな話題を呼びました。以来、何度も再演され、海外公演も経験するなど、現代演劇史においても重要な位置を占める作品となっています。

創作の背景

寺山修司が主宰していた劇団「天井棧敷」の3作目として、当時丸山明宏（美輪明宏）を主演に据えて制作されたと考えられています。前作『青森県のせむし男』に続き、美輪明宏を主演に迎えたことで、作品の世界観に独特の妖艶さと耽美さが加わりました。寺山自身は、自身の生い立ちや周囲の人間関係から着想を得て本作を創作したと語っています。

美女の亡霊の役にはゲイバーのママが起用されましたが、これは寺山がサンフランシスコのアマチュアバーレスク公演で得た着想に基づいたものでした。また、フランスのシャンソン「毛皮のマリー」や、童話「白雪姫」、アメリカ人劇作家アーサー・L・コピットの戯曲など、複数の作品が本作の創作に影響を与えているとされています。

登場人物とあらすじ

主な登場人物は、40歳の男娼マリー、マリーに育てられた美少年欣也、美少女紋白、下男、そして複数の美女の亡霊などです。

物語は、マリーが下男にすね毛を剃ってもらいながら始まる鏡の問いかけ「鏡よ、鏡よ、鏡さん、この世で一番美しいのは誰？」から、マリーと欣也、紋白の奇妙な三角関係、そしてマリーの波乱に満ちた過去へと展開していきます。マリーの過去は、大衆食堂で働きながら女装に目覚め、女店員との確執、そして悲劇的な出産などを経て、現在の境遇に至るまでの複雑な経緯を辿ります。

物語の後半では、欣也と紋白の間に事件が発生し、マリーは欣也に執着する様を見せます。最後は、マリーが欣也にカツラをかぶせ、口紅を塗ろうとする場面で幕が閉じます。このラストシーンは、マリーの母性と、その歪んだ愛情表現を象徴的に示しています。

上演史と多様な解釈

初演は1967年、アートシアター新宿文化で行われ、大きな成功を収めました。演出は寺山修司自身が行い、美術や衣装にも多くの困難がありましたが、美輪明宏の圧倒的な存在感と、当時としては非常に革新的な演出によって、観客を魅了しました。初演ではコシノジュンコが衣装を担当する予定でしたが、制作上のトラブルから美輪明宏自身の私物が使用されたという逸話も残っています。

初演以降も、『毛皮のマリー』は何度も再演され、日本国内だけでなく、西ドイツ、アメリカ、フランスなどでも上演されました。美輪明宏は何度もマリー役を演じ、自身の解釈を加えながら、この作品を現代に蘇らせてきました。

近年では、人形劇版や、浄瑠璃を取り入れたバージョンなど、多様な解釈と演出による上演が試みられています。これらの多様な上演は、作品が持つ普遍的なテーマと、解釈の幅広さを示すものです。

作品の評価

『毛皮のマリー』は、初演以来高い人気を誇り、寺山修司の作品の中でも特に多くの回数上演されています。その人気は、母性と血縁、日本社会の伝統的な家族観への問いかけ、そして美輪明宏と寺山修司それぞれの美学が見事に融合した独特の世界観に支えられています。「キッチュで濃厚」な味わいは、多くの観客を惹きつけ、様々な解釈を呼び起こしてきました。一方で、美輪明宏の演技の影響力が強すぎるという批判や、新しい演出を求める声も存在します。

『毛皮のマリー』は、その複雑で多面的な魅力から、今後も様々な解釈と上演が繰り返されるであろう、現代演劇史に燦然と輝く作品です。

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