水霊 ミズチ

水霊 ミズチ

『水霊 ミズチ』は、作家・田中啓文が執筆した同名ホラー小説、およびそれを映像化したホラー映画である。ただし、原作である小説版と映画版では物語の内容やテーマが大きく異なっており、それぞれ独立した作品として扱われる。

小説版

田中啓文による小説版は、日本の古典『古事記』に記された神話をモチーフにした壮大な伝奇ミステリーとして構築されている。「水」を巡る謎を核に、イザナギ、イザナミといった神々の関係性や、古来より日本に伝わる伝承を織り交ぜながら、深遠な物語が展開される。

映画版

2006年5月27日に公開された映画版は、小説とは一線を画した純粋なホラーとして制作された。特定の呪われた水を摂取した人々が次々と正気を失い、不可解な自殺を遂げていく様を描く点が特徴で、「幽霊が登場しないホラー」という異色のスタイルを採用している。日常に存在する「水」が突如として恐怖の媒介となることで、静かでじわじわと迫る恐ろしさを表現した。

映画公開に先立つ同年5月10日からは、サイドストーリーにあたるWebドラマ『水霊縁起録』（全6話）がYahoo!動画にて先行配信された。本作は同年9月にDVD化されており、セル版には本編ディスクに加え、サイドストーリー全話を収めた特典ディスクが同梱されている。レンタル版は本編とサイドストーリーが個別にリリースされた。

物語のあらすじ（映画版）

夏、震度3から4クラスの地震が頻発する東京。新聞記者の戸隠響子は、取材で訪れた老人ホームで、廊下の水溜まりや不気味な静寂に違和感を覚える。奥へ進むと、ハサミで目を潰して自殺した老人を発見し、その手には「みずち」と書かれた紙が握られていた。

時を同じくして、響子の知人である大学教授の杜川乙一郎が、“死に水”の研究のため宮崎へ向かったまま消息を絶ち、後に両目を抉り取られた状態で発見される。彼のメモ帳には、「しにみすをのむな」（死に水を飲むな）という警告が何度も記されていた。これらの不可解な死を受け、響子は“死に水”について調査を開始する。杜川がかつて黄泉比良坂について語り、飲むと死に至る呪いの水が“ミズチ”とも呼ばれる「死に水」だと話していたことを思い出し、一連の事件が水道水と関連があるのではないかと疑念を深める。しかし、水道局に勤務する元夫、岡祐一は、非科学的な響子の訴えを真剣に受け止めようとしない。

その頃、都内では不可解なほどの喉の渇きに襲われた後、自らの目を潰して自殺するという異常な事件が立て続けに発生していた。友人たちが次々と同じ症状に見舞われた高校生の渚由美は、水の調査をしているという響子の記事を目にし、新聞社を訪ねる。だが、そこで杜川の死を知り、動揺のあまり響子の元から立ち去ってしまう。

困惑する響子に、祐一から「同僚である野田の娘・美里も杜川と同じように亡くなった」という連絡が入る。葬儀に参列するため訪れた場所は、響子の住む団地の別の部屋だった。祐一の同僚の妻は、「幽霊が見える」と話しているという。

翌日、由美の学生証から彼女の通う高校へ向かう響子だったが、由美は前日から連絡が取れない状態だった。由美の自宅を訪れると、室内は荒らされ、目玉のような物が転がっている。恐る恐る探索した響子は、その先で首を吊った由美を発見する。一命を取り留めた由美だったが、入院先の病院で自ら首をへし折って死亡するという凄惨な最期を迎える。

司法解剖が行われた杜川と美里の遺体からは、科学的な異常は見つからず、いずれも不審死として処理される。響子は、これらの死因が呪われた“死に水”の摂取であると確信し、最近都内で発生した一連の自殺事件について独自に調査を進める。その結果、自殺者が居住していた地域の水道水源が全て同じ湧き水であり、頻発する地震による土砂崩れでその水源が濁り始めたことが判明する。地震の震源域の中心付近に存在する四方平ダムから、“死に水”が湧き出ているのではないかという結論に至る。

非科学的な呪いの存在を頑なに否定していた祐一も、一人で作業中に目を潰した同僚の幻覚に襲われるようになる。やがて彼は、自身も既に“死に水”の呪いに感染していることに気づき、友人で医師の大村直治に「自分を生きたまま解剖してほしい」と懇願する。彼らが放置された大村の実家の診療所へと向かった頃、響子は自身に宛てられた大村の手紙と、祐一の遺言ビデオテープを発見し、事態の深刻さを悟って二人の元へ急行する。しかし、響子が診療所に駆けつけた時、祐一はすでに息絶えており、解剖の試みは叶わなかった。

響子は“死に水”の恐怖を記事にしようと試みるが、確たる証拠がないため掲載許可は下りない。ダムの存在を知って以降、水道水の使用を避けミネラルウォーターで生活していた響子だったが、彼女自身も既に“死に水”の呪いに深く侵されていたのだった。物語は、出社しない響子を心配して自宅を訪れた同僚の目の前で、彼女が自らの意思でマンションから身を投げ、投身自殺を遂げる場面で幕を閉じる。

主な登場人物（映画版）

戸隠響子（演：井川遥）：連続する不可解な自殺事件を追う新聞記者。
岡祐一（演：渡部篤郎）：響子の元夫で、水道局の職員。当初は響子の訴えを取り合わない。
渚由美（演：星井七瀬）：連続自殺に関わる高校生。
杜川乙一郎（演：柳ユーレイ）：“死に水”を研究していた大学教授。事件の鍵を握る。

その他、祐一の友人で医師の大村直治（演：入江昌樹）や、響子の同僚、事件の犠牲者などが登場する。

スタッフ（映画版）

監督・脚本：山本清史
音楽：和田貴史
* 製作：ポニーキャニオン、スカパー・ウェルシンク、Yahoo! JAPANほか

『水霊 ミズチ』映画版は、日常に潜む静かな恐怖、特に身近な「水」がもたらす理不尽な狂気を描き出すことで、観る者に深い不安感を与える異色ホラーとして知られている。

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