永野元玄

永野 元玄

永野 元玄（ながの もとはる、1936年2月26日 - ）は、日本の高校野球界において、選手、そして特に審判員として長く貢献した人物である。高知県に生まれた永野氏は、高校野球の聖地である甲子園に選手として立つ夢を叶え、その後、30年もの長きにわたりそのグラウンドで球児たちの熱戦を見守り続けた。

選手としての道のり

永野氏の野球との関わりは、地元の高知市立城西中学校で始まった。その後、野球の強豪校として知られる土佐高等学校へと進学し、捕手としてチームの重要な役割を担った。高校2年生時の1952年には、春の第24回選抜高等学校野球大会に出場したが、甲子園の舞台では初戦で敗退の苦渋を味わった。

最終学年となった3年生では、主将としてチームを牽引。この年は見事に春夏連続で甲子園出場を達成した。春の第25回選抜では2回戦まで進んだが、夏の第35回全国高等学校野球選手権大会では快進撃を続け、ついに決勝まで駒を進める。決勝の相手は、後のプロ野球選手である空谷泰投手（のち近鉄バファローズなどで活躍）を擁する愛媛県立松山商業高等学校だった。試合は一進一退の攻防となり、9回表、土佐高校が勝利を目前とした緊迫した場面で、永野氏は捕手としてファウルチップを捕球し損ねてしまう。この直後に松山商業が同点打を放ち、試合は延長戦へ突入。そして延長13回に決勝点を奪われ、土佐高校はあと一歩のところで全国制覇を逃し、準優勝という結果に終わった。この時の悔しさは、その後の永野氏の野球人生に大きな影響を与えたと言われている。

高校卒業後、永野氏は慶應義塾大学で学びを深め、ここでも捕手として白球を追いかけた。大学時代には、後に読売ジャイアンツのエース、そして監督として活躍する藤田元司氏とバッテリーを組み、藤田氏からは「ゲンゲン」という愛称で親しまれていたという。大学卒業後は社会人野球の住友金属に進み、約5年間、選手としてプレーを続けた。

甲子園を支えた30年

選手としてのキャリアを終えた永野氏は、高校野球の審判員という新たな道に進んだ。1964年から審判活動を開始し、1993年までの足掛け30シーズンにわたり、高校球児たちの夢舞台である甲子園球場のグラウンドに立ち続けた。その長い審判生活の中で、数多くの感動的な試合、歴史に残る名勝負のジャッジを担当した。

特に印象深いのは、1979年夏の第61回全国高等学校野球選手権大会3回戦、和歌山県立箕島高等学校対石川県立星稜高等学校の試合である。この試合は、延長18回、緊迫の投手戦の末に箕島高校がサヨナラ勝ちを収めるという、高校野球史に燦然と輝く伝説的な一戦となった。永野氏は、この歴史的な死闘において球審を務め、最後まで両チームの選手たちの激闘を間近で見届けた。

独自の審判哲学とエピソード

永野氏の審判としての判断は、時に注目を集め、高校野球におけるルール解釈やフェアプレーについて議論を呼ぶこともあった。いくつかの有名なエピソードがある。

1973年夏の第55回全国高等学校野球選手権大会2回戦、作新学院高等学校（栃木県）対銚子商業高等学校（千葉県）の一戦では、当時「怪物」と称された作新学院のエース江川卓投手が登板。試合は延長戦にもつれ込み、延長12回裏に江川投手が押し出しの四球を与え、作新学院がサヨナラ負けで姿を消すという波乱の結果となったが、永野氏はこの試合の主審を務めていた。

また、永野氏は、ルールブックの文言だけでなく、「フェアプレー精神」を重視した独自の判断を下すことでも知られていた。1988年春の第60回選抜高等学校野球大会、神港学園高等学校（兵庫県）対福島県立福島北高等学校（福島県）の試合で発生した走者と捕手の接触プレイにおいては、現在の「コリジョンルール」のような走塁妨害を適用した。これは、打球が捕手に到達する前に捕手が本塁上に位置して走者の走路を塞いでいた状況に対する判断であり、走者の安全とフェアな機会を保護するという氏の考えが表れたものと言える。

さらに、1992年春の第64回選抜高等学校野球大会決勝戦、帝京高等学校（東京都）対東海大学付属相模高等学校（神奈川県）の試合では、打者が2ストライク後にバットを止めてボールをカットしたが、これをスリーバント失敗と判断し、三振を宣告した。通常はファウルと見なされることが多いプレイだが、永野氏はこの判定について後に「フェアプレー精神に基づく項目」と説明しており、打者が故意にバントの構えからバットを引いてファウルにし、投球を見極める行為はフェアではない、という自身の審判哲学を貫いた判断であったことがうかがえる。

審判引退後の活動

1993年限りで審判員としての第一線から退いた永野氏だが、その後も高校野球への貢献を続けた。1994年からは日本高等学校野球連盟の審判委員幹事として、後進の指導や審判技術の向上に尽力した。さらに、同連盟の常任理事も務めるなど、組織運営の面からも高校野球の発展に貢献した。

選手として甲子園決勝の舞台に立ち、惜しくも敗れた経験を持ち、その後は30年もの長きにわたり審判として高校野球の聖地で選手たちの熱戦を見守り続けた永野元玄氏。その波瀾万丈の野球人生は、まさしく高校野球の歴史と共に歩んだ軌跡と言えるだろう。氏の審判としての哲学や、数々のエピソードについては、ジャーナリストの大園康志氏が執筆したノンフィクション作品『球審は永野さん』（ゆいぽおと刊）に詳しく描かれている。

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