江戸特捜指令

江戸幕府の治世下、人知れず悪を討つ特殊な存在がいた。将軍直属の秘密捜査官、通称「隠し目付」である。彼らの任務は、通常の奉行所などでは手に負えない巨悪や不正を探り出し、これを葬り去ることにあった。しかし、この『江戸特捜指令』で描かれる彼らの手法は、他の時代劇における密命チームとは一線を画す、極めてユニークなものであった。

本作最大の魅力であり、最大の特徴とも言えるのが、彼らが悪事を暴くために用いる「一幕芝居」と呼ばれる捜査方法である。これは単なる策略ではなく、文字通り一つの芝居を打つことで標的を欺き、その悪事の動かぬ証拠を引き出すという大胆な試みであった。首領である幻々舎一斎が事件ごとに脚本を書き下ろし、それを基に実行されるこの芝居は、時として町の人々をエキストラとして巻き込み、さらには建物を改造するといった大規模な準備を伴った。現実と見紛うばかりの精巧な舞台装置の中で悪人たちはまんまと騙され、自らの破滅へと導かれていくのである。そして、芝居がクライマックスを迎え、悪事が露呈した時、隠し目付たちはその正体を現し、悪人たちを斬り捨てるのだ。この演劇的な展開が、毎回視聴者を引きつけた。

この秘密組織「隠し目付」を構成するのは、普段は市井に紛れて暮らす個性豊かな面々である。彼らを率いるのは、表向きは芝居の脚本家「先生」として知られる幻々舎一斎（中村敦夫）。冷静沈着な頭脳派であり、事件解決の鍵となる「一幕芝居」の脚本を執筆する。メンバーの集合を促す際は、隠れ家である夢介宅の太鼓を打ち鳴らすが、近所からは脚本に行き詰まった末の憂さ晴らしと見られている。変装を得意とし、潜入捜査でその能力をいかんなく発揮する。立ち回りにおいては、黒い装束を纏い、大刀を振るう。

メンバーの一人、松五郎（竜雷太）は、普段は大工として働く怪力の持ち主だ。立ち回りでは、他のメンバーが大刀を主に使用する中で、彼はその圧倒的な力で素手で戦うことを得意とする異色の存在である。腰には大刀を差しているものの、その腕力こそが最大の武器と言える。装束の色は茶色。

遊び人として町を闊歩する辰（原田大二郎）は、天涯孤独の身の上で、幼少期には角兵衛獅子として生計を立てていた過去を持つ。彼の特技は花札を手裏剣のように操ること。立ち回りでは青い装束を身に纏い、大刀を用いるが、その剣技は一斎とは異なる独特の動きを見せる。

隠し目付の紅一点である小雪（五十嵐淳子）は、普段は芸者として華やかな世界に身を置く傍ら、医術にも通じ、さらには火薬の調合までこなす多才な女性である。立ち回りでは紫の装束を纏い、匕首を逆手に持つ独特のスタイルで敵と対峙する。

もう一人の女性メンバー、お町（秋野暢子）は、飛脚として鍛えられた身体能力を持つ。実は忍者の家系に生まれ、「小猿」の愛称で呼ばれ、男の子のように育てられたという過去を持つ。立ち回りでは赤い装束に青い柄の大刀を用い、その高い身体能力を活かしたアクロバティックなアクションで敵を翻弄する。

そして、隠し目付たちの隠れ家を提供しているのが、時計職人の夢介（山城新伍）である。関西弁を話し、からくり人形の菊千代を大切にしている。彼の自宅には秘密の部屋があり、そこが作戦拠点となっている。メンバーで唯一、槍術を主に使用するが、大刀や脇差も装備しており、状況に応じて使い分けることもある。立ち回りでの装束は緑色系。女好きで、特に小雪によく言い寄るが、毎回巧みにかわされ、「あんた、本当に女なん？」というのがお決まりの口癖となっている。

これらの主要メンバーに加え、物語にコミカルな彩りを添える存在として、おえん（エバ・マリア・バスケス）が登場する。彼女は日本人とアメリカ人のハーフで、役者になることを夢見ており、一斎に熱烈なアプローチを仕掛けるが、常に煙たがられている。「アタイ」という一人称が特徴的なキャラクターである。

本作は、毎日放送が制作し、三船プロダクションが協力。1976年10月2日から1977年3月26日まで、TBS系列にて毎週土曜日22時から22時55分に放送され、全26話が製作された。音楽は菊池俊輔が手掛け、エンディングテーマ「明日への旅人」は清水京子が歌唱を担当した。

『江戸特捜指令』は、将軍直属の秘密捜査官が悪を成敗するという時代劇の王道を行きつつも、「一幕芝居」という演劇的な要素を大胆に取り入れることで、他の作品にはないオリジナリティを確立した。個性豊かな隠し目付たちの活躍と、毎回趣向を凝らした芝居が見どころの作品である。

もう一度検索