江橋慎四郎

江橋 慎四郎（えばし しんしろう）は、大正9年（1920年）に神奈川県鎌倉市で生まれ、平成30年（2018年）に97歳でその生涯を閉じた日本の体育学者です。社会体育学およびレクリエーション学を専門とし、東京大学名誉教授として、また日本初の国立体育系単科大学である鹿屋体育大学の創設者および初代学長として、日本の体育・スポーツ界の発展に多大な貢献をしました。

旧制湘南中学、旧制二高を経て、東京帝国大学文学部に進学。学生時代には水泳部のマネージャーや体育会の総務を務めるなど、早くから体育活動に関わっていました。しかし、太平洋戦争の戦況悪化に伴い、徴兵猶予が解除された文系学生の学徒出陣が決定。江橋氏もその対象となりました。

昭和18年（1943年）10月21日に神宮外苑で行われた学徒出陣壮行会では、出陣学生を代表して答辞を読み上げました。その答辞は「生還を期せず」という一節を含み、多くの人々の記憶に残っています。この「生還を期せず」は、教授の添削を受けた中に自身で考え加えられた言葉であったと後に語っています。出陣後、氏は航空整備兵として内地に配属されました。

終戦後、文部省体育局での勤務を経て、東京大学教授に就任。その後も鹿児島大学や中京大学などで教鞭を執り、体育学の研究・教育に尽力しました。特に、スポーツ科学の振興と指導者育成を目指して設立された鹿屋体育大学の創設に奔走し、初代学長としてその基礎を築きました。定年退官後は東京大学名誉教授の称号を得ています。

江橋氏は、学徒出陣答辞の経験について、戦後長く沈黙を守り続けました。しかし、壮行会から67年後の平成22年（2010年）の朝日新聞のインタビューで、そして70年後の平成25年（2013年）の毎日新聞の記事で、その複雑な胸中を初めて明かしました。「答辞は自分にとって名誉であったが、多くの戦友が帰らぬ人となったことを思うと、その体験を語ることはできなかった」と語り、また、「『生還を期せず』と言いながら生きて帰った人間は、黙り込むしかなかった」と、生還者の苦悩を吐露しました。晩年には、「自分が話すことが、何も言えずに亡くなった人たちの供養になる」との思いから、重い口を開いたと述べています。

体育学者、教育者としての活動に加え、氏は様々な体育・レクリエーション関連団体の要職を歴任しました。財団法人日本レクリエーション協会や全日本ボウリング協会の顧問、日本ウオーキング協会の元会長、全日本学生ボウリング連合や日本フライングディスク協会の名誉会長などを務め、生涯にわたり社会体育や生涯スポーツの普及・振興に貢献しました。特に、神奈川県で開催されるビーチアルティメットの大会では名誉会長を務め、優勝者には「EBASHI CUP」が授与されるなど、若年層のスポーツ振興にも心を配りました。

氏の著作活動も多岐にわたり、体育教材研究、野外教育、楽しい軽スポーツなど、研究成果をまとめた単著や、同時代の研究者たちとの共編著、さらには海外の体育学書の翻訳など、数多くの書籍を出版しました。これらの著作は、体育学の理論的深化と、実践への応用、後進の育成に大きな影響を与えました。

江橋慎四郎氏は、体育学者・教育者としての輝かしい功績を残す一方で、学徒出陣という避けられない経験を背負い、戦後の長い歳月を経てその苦悩を分かち合った人物として、日本の近現代史においても特筆される存在です。平成30年（2018年）4月8日、心不全のため97歳で逝去しました。

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