池谷信三郎賞

池谷信三郎賞は、小説家・劇作家として将来を嘱望されながらも33歳で夭折した池谷信三郎の功績を記念し、彼の名を冠して創設された文学賞です。主に「文学界」の同人たちが中心となり、文藝春秋社によって設立されました。この賞は、新進気鋭の作家を対象とし、創作、批評、翻訳など、幅広い文芸作品に贈られました。

池谷信三郎賞は、当初は年2回授与されていましたが、第7回からは年1回の授与に変更されました。しかし、戦時下の状況もあり、第9回（1942年）をもってその歴史に幕を閉じました。

第1回の受賞者である中村光夫の回想によると、文藝春秋の代表であった菊池寛は、当初、この賞を小説に特化したものにしたいと考えていたようです。しかし、「文学界」同人側は、当時の文壇において批評の重要性が増しているという認識から、批評や翻訳にも授賞すべきだと主張しました。そのため、初期の授賞では批評や翻訳が選ばれることが多く、菊池寛は不満を抱いていたと伝えられています。その後、菊池の意向が反映され、小説にも授賞されるようになりました。

以下に、過去の受賞者を列記します。

第1回（1936年下期）：中村光夫『二葉亭四迷論』／保田與重郎『日本の橋』
第2回（1937年上期）：Q（津村秀夫）― 映画批評の業績に対し
第3回（1937年下期）：神西清 ― 翻訳の業績に対し
第4回（1938年上期）：亀井勝一郎『人間教育』
第5回（1938年下期）：外村繁『草筏』
第6回（1939年上期）：日比野士朗『呉淞クリーク』
第7回（1940年）：田中英光『オリンポスの果実』
第8回（1941年）：該当作なし
* 第9回（1942年）：堺誠一郎『廣野の記録』／石塚友二『松風』／伊藤佐喜雄『春の鼓笛』

池谷信三郎賞は、短期間ながらも、当時の文壇に新たな才能を輩出する上で重要な役割を果たしました。特に、批評や翻訳といった分野に光を当てたことは、この賞の特筆すべき点と言えるでしょう。戦後、多くの文学賞が創設されましたが、池谷信三郎賞は、その先駆けとも言える存在でした。

もう一度検索