沈める滝

小説『沈める滝』について

三島由紀夫の長編小説『沈める滝』は、人工恋愛をテーマにした独自の物語が展開されます。主人公はダム設計技師の城所昇で、彼は愛に対して懐疑的です。物語は、昇が一人の不感症の人妻、菊池顕子と出会う夏から始まります。彼女との関係を通じて、昇は愛と技術の微妙な関係に向き合います。

あらすじ

昇は祖父が会長を務める電力会社で働く技師。幼少期から何も持たない環境で育てられた影響か、彼は感情に欠けた冷静な性格になっています。彼は多くの女性と浮き名を流しますが、誰も愛することはありません。

ある晩、昇は多摩川のほとりで和服姿の人妻・顕子に出会います。彼女は不感症であり、昇との一夜を過ごしても何も感じられません。この出会いから、彼は顕子との書簡による人工的な恋愛を構築しようとするのです。彼は、この関係を通じて、虚構の愛を創造することが可能だと考えます。

昇は3年計画でダム建設に赴任し、冬の厳しい環境で彼自身を見つめ直す機会を得ます。ダム建設と自然の厳しさが背景にある中で、彼は顕子への手紙を通じて心の交流を深めていきます。彼女からの手紙には、素直でリアルな感情が込められ、彼もまた彼女に対し複雑な感情を持ち始めます。

しかし、越冬する間、彼は同僚である瀬山との対立を経験し、技術と人間との関係性について対話を深めます。瀬山は功利主義的な立場から物事を考える人物であり、昇とは対照的です。昇は、技術者としての情熱と自然との対決を通じて自己発見を果たしていきます。

人間関係と運命

冬ごもりが続く中、昇は顕子への感情が深まっていることに気づきます。しかし、彼の関係は次第に複雑化し、顕子の夫が彼のもとを訪れたことで緊張が高まります。自分の感情を押し殺しつつ、昇は冷静を保とうとしますが、次第に彼の心は動揺していきます。最終的に、顕子は失踪し、彼女の死によって、昇の心には深い傷が残ります。彼女の遺書には、彼との関係がいかに彼女を苦しめたかということが綴られています。

作品のテーマ

『沈める滝』は、愛とは何か、技術とは何かを問い直す作品となっています。冷徹な物質的世界と感情豊かな人間の世界が対照的に描かれ、昇という主人公は、愛を信じずにそれを創り出そうとしました。しかし、最終的な結末は、彼の中に存在する感情の深さと、それに伴う痛みを明らかにしています。

この作品は、三島による多様な文体やテーマの実験が内包されており、彼の文学世界を理解する上で重要な作品です。彼の文学における人間の関係性や情熱、さらには不条理な運命がテーマとして浮かび上がってきます。

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