沈溍

沈溍（しん しん）は、明朝初期に活躍した官僚であり、政治家です。字（あざな）は尚賢（しょうけん）といい、本貫は杭州府銭塘県にありました。彼の生没年は明らかになっていません。

生涯

1385年（洪武18年）、沈溍は進士に及第し、官僚としての第一歩を踏み出しました。彼は翰林院に属する庶吉士（しょきつし）となり、その才能を認められました。その後、兵部（へいぶ）に異動すると、その明敏さで周囲を感嘆させました。

1387年（洪武20年）、沈溍は兵部左侍郎（へいぶさじろう）として登用され、兵部の実務を掌握するようになりました。彼は着実にキャリアを積み重ね、1389年（洪武22年）2月には、兵部尚書（へいぶしょうしょ）という要職に就任しました。

当時、広西都司（こうせいとし）が勝手に譙楼（しょうろう）を建設し、青州衛（せいしゅうえい）が兵器を製造するなど、各地の軍事組織が民衆の財産を不当に徴発する事態が起きていました。沈溍は、このような事態を改善するために、都司や衛所が建設や工事を行う際には、必ず都督府（ととくふ）に奏上して許可を得るように制度を改めました。また、官から物資を支給し、民衆を勝手に使役することを禁じ、違反者には厳しく罰則を科すように定めました。さらに、武臣が民事に介入することを禁止し、軍事と民政の分離を徹底しました。

この頃、国内の戦乱は終息に向かっており、沈溍の尽力により、武臣の横暴は成文法によって抑制されるようになりました。彼は衛所の世襲制度や軍兵の補充方法を確立するなど、軍事制度の整備にも大きく貢献しました。洪武帝は、統治の要諦は賢者を登用し、不肖の者を退けることにあると述べていましたが、沈溍は「君子は常に少なく、小人は常に多いので、上におかれては厳しく小人を叱責し、賢者を挙げて不仁の者を遠ざけていただきたい」と諫言しました。洪武帝はこの沈溍の言葉を大いに褒め称えたといいます。

1390年（洪武23年）5月、沈溍は秦逵（しんき）と任を交代し、工部尚書（こうぶしょうしょ）に転任しました。しかし、翌6月には再び兵部尚書に復帰しています。これは、彼の軍事に関する知識と能力が、朝廷にとって不可欠であったことを示しています。しかし、1391年（洪武24年）10月、沈溍は事件に連座して免官となり、その官僚としてのキャリアは終わりを迎えました。

沈溍は、その明敏さと正義感で洪武帝からの信頼も厚く、明朝初期の政治を支えた重要な人物の一人でした。彼の業績は、明朝の軍事制度の整備に大きな影響を与え、後世にまで語り継がれています。

脚注

本記事の記述は、『明史』巻138 列伝第26に基づいています。

参考文献

『明史』巻138 列伝第26

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