河村九淵

河村九淵（かわむら ちかすえ）は、文久3年（1863年）1月12日に江戸で津山藩士の長男として生まれ、昭和9年（1934年）4月9日にその生涯を終えた、日本の教育者であり農学者です。彼は、岡山県出身としても知られています。

明治9年（1876年）に開校した、日本で初めての高等農業教育機関である札幌農学校（現在の北海道大学）に4期生として入学し、その基礎を築きました。卒業後は、山形県の農学校で教壇に立ち、その後、香川県高松尋常中学校の校長を務めました。

明治23年（1890年）10月、立教大学校が再編されて発足した第二次立教学校において、河村九淵は化学教授に就任しました。彼は化学に加え、動物学、植物学、生理学といった幅広い分野の講義を担当し、学生たちの育成にあたりました。

明治27年（1894年）10月には、奈良英和学校の校長に転じ、約2年間にわたり学校運営に携わりました。

彼のキャリアにおける重要な転機は、明治32年（1899年）に熊本農業学校（現在の熊本県立熊本農業高等学校）の初代校長に就任したことです。このポストには明治39年（1906年）までの7年間在任しました。就任から最初の1年間は、学校開校に向けた準備に奔走しました。特に生徒募集のために熊本県下を精力的に回り、各地で農業経営者らを対象に、農業の改良と新しい時代の農業教育の重要性について講演活動を行いました。この地道な努力が、学校の礎を築くことにつながりました。

熊本農業学校での在任中、河村九淵は熊本県のみならず、広く日本の産業発展に寄与する優秀な人材を数多く育て上げました。その教え子の中には、後に「農聖」と称される松田喜一がいます。松田は河村の指導のもと、当時の栽培学の大家であった札幌農学校教授、南鷹次郎を紹介され、遠路はるばる教えを請いに行きました。また、じゃがいも名人の自宅の土間が学習に適していることに感銘を受け、自身の家にも土間を作り、そこで書物や新聞を読み、筆記できるように机と椅子を置いて、徹底的に農業技術の向上と探究に励みました。これは、河村の教育が松田の学究心と実践力に深く根ざしたことを示しています。

河村九淵の教育哲学は、母校である札幌農学校でウィリアム・S・クラーク博士が唱えた精神を受け継ぐものでした。すなわち、自ら考え学ぶ「自修心」と、他者に依存しない「独立独行」、そして困難に屈しない「不撓不屈」の精神を学生に育むことを目指しました。彼は机上の学問だけでなく、実社会で通用する実力を身につけさせるため、特に実習教育を重視しました。そして、「その手足を低き地に働かせ、その心を高き天に置け」という言葉をもって、生徒たちに大地に根差した実践と高遠な理想の両方を追求することの重要性を説きました。この教育理念と姿勢は、教え子の松田喜一の「論より証拠」という実践主義や、物事を徹底的にやり抜く教育方針へと確かに受け継がれていったのです。

彼の教育者、農学者としての長年の功績は高く評価され、昭和53年（1978年）には、熊本県近代文化功労者（第31回）として顕彰されました。河村九淵は、教育と実践を通して日本の農業発展に貢献した人物として、今なお記憶されています。

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