波多野完治

波多野 完治（はたの かんじ）

1905年2月7日に生まれ、2001年5月23日に没した日本の心理学者です。

概要

波多野完治氏は、昭和期から平成初期にかけて日本の心理学界を牽引した第一人者の一人です。特に、スイスの発達心理学者ジャン・ピアジェの研究を日本に広めたことで知られ、その認知発達理論の紹介と普及に大きく貢献しました。また、フランスの心理学者アンリ・ワロンなど、当時の最新の心理学理論を日本に紹介する役割も担いました。独自の学問分野として、文章の作成過程やスタイルを心理学的に分析する「文章心理学」、文学作品などの創作活動に関わる心理を探求する「創作心理学」を確立し、この分野でも重要な著作を多数発表しました。さらに、視聴覚教育の理論と実践においても顕著な業績を残しています。

東京帝国大学で心理学を修めた後、法政大学や東京女子高等師範学校で教鞭を執り、戦後、東京女子高等師範学校がお茶の水女子大学に改組された後も引き続き教授を務めました。1969年には同学の学長に就任し、大学運営においても指導力を発揮しました。長年にわたる学術研究と教育への貢献に対し、日本心理学会および日本教育心理学会から名誉会員の称号が贈られています。

生涯と主な活動

波多野完治は、出版業を営む波多野重太郎の次男として東京に生を受けました。少年期は錦華小学校から開成中学校、第一高等学校を経て、1928年に東京帝国大学文学部心理学科を卒業しています。

卒業後、法政大学教授、東京女子高等師範学校教授を歴任。お茶の水女子大学教授時代には、研究活動と並行して教育に深く関わりました。1952年には、後に主著の一つとなる研究テーマに関連する「スタイルの心理学的研究・文章心理学」と題する論文で、日本大学より文学博士の学位を取得しました。

主要な研究対象は、前述のピアジェの発達心理学に加え、自身の開拓した文章心理学、創作心理学、そして視聴覚教育でした。これらの分野で多数の専門書や一般向けの啓蒙書を執筆し、広く影響を与えました。中でも、『文章心理学入門』は多くの読者に支持され、長期間にわたり読み継がれるロングセラーとなりました。心理学の専門家としてだけでなく、文学への造詣も深く、文学評論を発表したり、ジュール・ヴェルヌの『十五少年漂流記』をはじめとする児童文学の翻訳を手がけたりするなど、幅広い文化的活動を行いました。その生涯にわたる膨大な業績は、全12巻の全集として集大成されています。

学術界以外でも、1990年には公益財団法人ユニベール財団の理事長に就任するなど、社会貢献活動にも積極的に関わりました。

受賞と家族

波多野完治氏は、その多岐にわたる功績によりいくつかの重要な賞を受けています。1958年には第9回NHK放送文化賞を、1975年11月には教育・研究における長年の貢献が認められ、勲二等旭日重光章を受章しました。

家族もまた、学術や文化の分野で活躍しています。妻である波多野勤子も児童心理学の研究者として著名です。息子には心理学者の波多野誼余夫氏と国際法学者の波多野里望氏がおり、孫（里望氏の息子）には小説家として知られる波多野鷹氏がいます。

波多野完治氏の業績は、日本の心理学、特に発達心理学や教育心理学、さらには言語心理学や芸術心理学といった分野において、現在もなおその影響が認められます。

代表的な著作:

『文章心理学大系』
『ピアジェ入門』
『新しい児童観』

主な翻訳書:

アルフレッド・ビネー『新しい児童観』（原題：教育心理学 新しき児童の見方）
ジュール・ヴェルヌ『十五少年漂流記』
ジャン・ピアジェ、ブルーノ・ベッテルハイムなど、多数の心理学関連書籍を翻訳・共訳。

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