泳ぐひと

『泳ぐひと』は、1968年に公開されたアメリカ映画であり、当時のアメリカン・ニューシネマを代表する一作として知られています。文豪ジョン・チーヴァーが1964年に発表した同名の短編小説を基に、フランク・ペリーが監督を務めました。バート・ランカスターが主演を務め、ある男が高級住宅地に点在するプールを次々と「泳ぎ渡る」というユニークな設定を通して、現代社会の虚栄と個人の孤独、そしてアメリカン・ドリームの崩壊を鋭く描いています。

あらすじ

物語は、ニューヨーク州の緑豊かな高級住宅地にある森の中から、水着一枚の男、ネッド・メリル（バート・ランカスター）が突然姿を現すシーンから始まります。彼は、この地に広がるプールをまるで一つの川に見立て、知人宅のプールを次々と泳ぎ渡り、自宅を目指すという奇妙な旅を思い立ちます。

彼のプール巡りの旅路は、最初は友人や知人たちの温かい歓迎から始まります。彼の突飛な行動を面白がる人々は、プールサイドで彼を迎え入れ、飲み物や会話を提供します。しかし、立ち寄るプールが増え、出会う人々が変わるにつれて、彼を取り巻く空気は徐々に変化していきます。彼の過去や現在の状況に関する、歓迎されざる事実や憶測が浮上し始め、人々は次第にネッドに対して冷淡な態度を取り始めるのです。

かつての恋人のもとを訪れたネッドは、過去の関係にしがみつく自身の姿を突きつけられ、冷たくあしらわれます。さらに旅を続ける中で辿り着いたのは、かつて彼が属していた上流社会とはかけ離れた、入場料の安い市民プールでした。ここでは、彼の過去の栄光を知る者は誰もいません。人々は彼をただの見知らぬ男として扱い、現実の厳しさを否応なく突きつけられます。ネッドの奇妙な旅は、彼が信じていた世界や自身のアイデンティティが徐々に崩壊していく過程とシンクロしていきます。そして、彼が最後にたどり着いた場所で目にする光景は、彼の人生の終着点、あるいは残酷な現実を暗示しているかのようです。

テーマと評価

本作は、郊外の物質的な豊かさの裏に潜む空虚さや、成功という幻想、そしてそれらが崩壊した後の人間の孤独を描いています。主人公ネッドのプールを渡り歩くという行動は、彼の輝かしい過去への郷愁、あるいは現実からの痛ましい逃避として解釈できます。プールの水は、彼にとって過去の栄光への回帰や再生を象徴するかのようですが、次第に冷たく、あるいは濁った現実の水へと変わっていきます。

『泳ぐひと』は、その詩的で幻想的な映像表現と、現代社会への鋭い批判を内包したテーマにより、公開当時は賛否両論を巻き起こしました。しかし、時を経るにつれてその芸術性が再評価され、現在ではアメリカン・ニューシネマの重要な一作として位置づけられています。バート・ランカスターの、威厳と哀愁、そして内面の脆さを併せ持つ複雑な演技は、この作品を忘れられないものにしています。

製作背景

本作の製作は決して順調ではありませんでした。撮影は1966年の夏に行われましたが、その複雑な構成と内省的なテーマゆえに、作品の編集作業は難航を極めました。さらに、完成した作品が持つ重厚で観客を選ぶ可能性のある内容から、配給会社は公開時期を慎重に見極め、結果として撮影から実に二年後の1968年まで劇場公開が見送られることとなりました。

また、製作過程ではトラブルもあり、一部シーンの再撮影が必要となりました。この際、フランク・ペリー監督に代わって、後に『追憶』や『トッツィー』といった名作を手がけることになるシドニー・ポラックが、ノンクレジットながら監督を務めたという、映画史に残る興味深いエピソードも存在します。

スタッフ・キャスト

スタッフ

監督：フランク・ペリー
製作：フランク・ペリー、ロジャー・ルイス
原作：ジョン・チーヴァー
脚本：エレノア・ペリー
撮影：デヴィッド・Ｌ・クエイド、マイケル・ネビア
音楽：マーヴィン・ハムリッシュ

キャスト

ネッド・メリル：バート・ランカスター
ジュリー・アン・フーパー：ジャネット・ランドガード
シャーリー・アボット：ジャニス・ルール
ジョーン：ジョーン・リバーズ
ペギー・フォースバー：マージ・チャンピオン
ベティ・グラハム：キム・ハンター
シルヴィア・フィニー：ローズ・グレゴリオ
シンシア：ダイアナ・マルドア
* ヘレン・ウェスターハージ：ダイアナ・ヴァン・ダー・ヴリス

特に主演のバート・ランカスターは、肉体的な衰えを見せつつも、なお過去の栄光に囚われる男の悲哀を深く演じきっており、その演技は本作の評価を語る上で欠かせません。ジャニス・ルール演じるシャーリー・アボット役は、当初バーバラ・ローデンが配役されていましたが、後に交代、再撮影されています。

『泳ぐひと』は、時代を超えて多くの観客に、物質的な豊かさだけでは満たされない人間の内面や、社会の隠された側面について問いかけ続ける、示唆に富んだ作品と言えるでしょう。

外部リンク
泳ぐひと - allcinema
The Swimmer - IMDb（英語）
The Swimmer - TCM Movie Database（英語）

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