洗礼者聖ヨハネ (レオナルド)

『洗礼者聖ヨハネ』は、盛期ルネサンスの巨匠レオナルド・ダ・ヴィンチが描いた油彩作品であり、クルミ材のパネルに描かれています。この作品は、イエス・キリストに洗礼を授けた洗礼者ヨハネを題材としており、『モナ・リザ』や『聖アンナと聖母子』と並び、ダ・ヴィンチが手元に長く残した作品の一つとして知られています。

制作年については諸説ありますが、一般的には1513年から1516年の間に完成したと考えられており、ダ・ヴィンチの最後の絵画の一つとされています。現在、この作品はパリのルーヴル美術館に所蔵されています。

作品の特徴

『新約聖書』の記述に基づき、洗礼者ヨハネは粗末な服をまとい、荒野で人々に洗礼を授けたとされています。この絵画では、ダ・ヴィンチはキアロスクーロ（明暗法）を用いてヨハネの姿を浮かび上がらせています。暗い背景から浮かび上がるヨハネは、毛皮をまとい、長い巻き毛を持ち、どこか謎めいた微笑みを浮かべています。

左手には葦の十字架を持ち、右手は天を指しています。このポーズは、ダ・ヴィンチが以前に描いた『聖アンナと聖母子と幼児聖ヨハネ』の聖アンナの姿と類似しており、ダ・ヴィンチが繰り返し用いたモチーフであることがわかります。

美術史家フランク・ツェルナーは、ダ・ヴィンチのスフマート（ぼかし技法）について、「対象の肌のトーンを穏やかな影で染み込ませ、ほとんど両性具有的な柔らかく繊細な外観を与える」と述べています。また、ケネス・クラークは、この絵画が醸し出す「不安」の感覚に着目し、聖ヨハネがダ・ヴィンチにとって「創造の謎」を象徴すると指摘しています。ポール・バロルスキーは、暗闇から現れるヨハネの姿が、精神と肉体の曖昧さを拡大していると述べています。官能的でありながら、聖ヨハネが神の恵みについて語る精神的な意味を伝えていると評価しています。

2016年には、1802年以来となる大規模な修復が行われました。この修復によって、絵画に重ねられていた15層以上のニスが半分近く除去され、ヨハネの巻き毛や毛皮のディテールがより鮮明に見えるようになりました。

制作年に関する議論

『洗礼者聖ヨハネ』の制作年は、専門家の間で意見が分かれています。1517年10月17日以前には、この作品がダ・ヴィンチの工房にあったと記録されているため、この時期以前に制作が開始されたことは確かです。しかし、作品が完成した正確な時期については、1513年から1516年とする説が有力ですが、1509年頃に開始されたとする説も存在します。

また、ヨハネのポーズが、ダ・ヴィンチが技術的なアドバイスを与えたとされる彫刻家ジョヴァンニ・フランチェスコ・ルスティチの作品『洗礼者聖ヨハネによる説教』と類似していることから、両者の間でアイデアが影響しあった可能性も指摘されています。

来歴

『洗礼者聖ヨハネ』は、1542年にフランス国王フランソワ1世のコレクションの一部となり、その後、イングランド国王チャールズ1世の手に渡りました。チャールズ1世の処刑後、絵画は売却され、何度か所有者が変わった後、1661年にフランス国王ルイ14世の手に戻りました。フランス革命後、ルーヴル美術館のコレクションとなり、現在に至ります。

後世への影響

この作品以前、洗礼者ヨハネは禁欲的な人物として描かれるのが一般的でした。ダ・ヴィンチの革新的な描写は、ラファエロ・サンツィオの工房にも影響を与え、ラファエロやジュリオ・ロマーノによる洗礼者ヨハネの肖像画には、この作品と同様に、暗い背景と人物の照明の間に強いコントラストが見られます。

また、レオナルド派の画家たちによって、多くの複製やバリエーションが制作されており、中でも、ダ・ヴィンチの助手であったジャン・ジャコモ・カプロッティ（サライ）によるバージョンは、背景に山岳風景が描かれていることで知られています。

『洗礼者聖ヨハネ』は、ダ・ヴィンチの卓越した芸術的才能を示す傑作であり、その謎めいた魅力は、今日まで多くの人々を魅了し続けています。

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