津波火災

津波火災（つなみかさい）

津波火災とは、大規模な津波が襲来し、浸水被害を受けた地域で発生する二次災害、または複合災害です。水害である津波と、火災という全く異なる性質の災害が同時に発生し、被害を甚大化させる特徴があります。津波によって引き起こされるため、発生場所やタイミングの予測が難しく、また、浸水地域という特殊な環境下で発生するため、通常の火災とは異なり、避難や初期消火、その後の消火活動が極めて困難となる災害です。

これまでに記録された中で最も大規模な津波火災は、2011年（平成23年）3月11日に発生した東北地方太平洋沖地震（東日本大震災）において確認されています。東日本大震災では、この地震全体で発生した火災合計373件のうち、159件が津波に関連する火災であったと推定されており、これは過去の関東大震災などと比較しても顕著に多い件数でした。これらの多くは、津波に流された自動車や家屋の電気系統からの出火が原因であったと報告されています。

過去の主な発生事例

津波火災の記録は古くから存在します。

昭和三陸地震（1933年）: 1933年（昭和8年）3月3日に発生した昭和三陸地震では、岩手県釜石市の沿岸部で津波による火災が連続して発生しました。これにより、想定で210棟以上の建物が被害を受けたという記録が残されています。
新潟地震（1964年）: 1964年（昭和39年）に発生した新潟地震では、地震の激しい揺れによって石油タンクが損傷し、大量の油が流出しました。この油が津波に乗って内陸部まで運ばれ、何らかの原因で引火した結果、民家に燃え移り、約290棟が焼損するという大規模な被害が発生しました。特に、当時満杯状態だった浮屋根式タンクからの流出が被害拡大の一因となりました。
北海道南西沖地震（1993年）: 1993年（平成5年）7月12日の北海道南西沖地震では、奥尻島南部の青苗地区で壊滅的な津波被害に加え、大規模な津波火災が発生しました。この火災により、推計で192軒、約51,000平方メートルが焼失したとされています。寒冷地であるため各家庭に備えられていたプロパンガスボンベや灯油タンクなどが延焼を拡大させたほか、メタンハイドレートから放出されたガスが静電気で着火した可能性も指摘されています。発生当時は強風下にあったため、火災の拡大が加速し、被害が甚大となりました。
東日本大震災（2011年）: 先述の通り、過去最大の津波火災が発生しました。特に東北地方の沿岸部で広範囲にわたり火災が発生し、日本火災学会の調査では、地震後1ヶ月間に発生した火災のうち、159件が津波火災と推定され、その焼損面積は約74ヘクタールに及びました。原因としては、津波に流された車のバッテリーが海水に浸かることによる短絡や爆発が多く報告されています。近年の自動車は電気系統が複雑化しており、これが発火リスクを高めているという見方もあります。また、プロパンガスやコンビナートからの油が津波によって運ばれた瓦礫に引火し、海面を漂いながら燃え広がるという、特殊な形態の大規模火災も発生しました。

発生原因と消火の困難性

津波火災の主な発生原因としては、以下が挙げられます。

津波によって流された石油タンク、船舶、車両（自動車、バイクなど）からの燃料（重油、灯油、ガソリン、LPガスなど）の流出とその引火。
流された車両の電気系統（特にバッテリー）が海水に浸かることによるショート（短絡）やスパーク。
津波による家屋や建物の電気配線のショート。
津波によって集積した瓦礫や漂流物同士の衝突、あるいはこれらと建物などが接触した際の摩擦や衝撃による火花の発生。
メタンガスなどの可燃性ガスの放出と着火。
流出した可燃物が漂流しながら延焼し、新たな場所に火を移すケース。

これらの原因により、津波の浸水域内やその周辺で火災が発生します。消火活動は極めて困難です。津波によって消防署や消防車両が被災したり、道路が寸断されたりするため、消防隊の到着が遅延します。また、浸水域では消火栓などの既存の水利が使用できなくなるか、使用できたとしても瓦礫などでアクセスが困難になります。このため、遠方の自然水利（河川や貯水池など）から可搬ポンプを用いてホースを長距離延長して送水するなどの方法が取られますが、これには多くの時間と労力がかかり、放水圧力が不安定になるなどの問題も発生します。さらに、浸水域や瓦礫が堆積した地域での活動は、二次的な事故のリスクを伴い、消火にあたる隊員の安全管理も大きな課題となります。

被害想定と対策課題

今後の大規模地震、特に南海トラフ巨大地震のような津波を伴う地震では、津波火災の発生が懸念されています。内閣府の南海トラフ巨大地震による被害想定では、詳細な津波火災の想定は難しいとされていますが、広範囲にわたる沿岸部で多数発生する可能性が指摘されており、具体的な対策が急務となっています。例えば、港湾施設の石油タンクからの油流出を抑制するだけでも、発生件数を大幅に減らせるとの試算もあります。

津波火災は、発生自体を防ぐことが困難な災害の一つですが、被害を最小限に抑えるための対策は重要です。具体的な防止・軽減策としては以下が挙げられます。

可燃物の流出防止: コンビナート施設の屋外タンクの嵩上げや地中化、あるいは損傷防止策の強化により、地震・津波発生時の石油などの流出を防ぐ。
車両からの出火対策: 駐車場を高台に移設する、感電防止対策を施す、早期にバッテリーを取り外すなどの対策。
ガスボンベ対策: LPガスボンベからのガス放出を防ぐための安全機器（ガス放出防止器など）の導入促進。
瓦礫集積対策: 津波漂流物の集積しやすい場所を把握し、そこに可燃物がないか確認するなどの対策。
漏電・短絡防止: 建物やインフラの電気系統について、浸水時のショートを防ぐ対策。

また、発生した津波火災から身を守るための対策も重要です。

避難計画: 津波警報・注意報発表時の迅速な避難はもちろん、津波火災の発生を想定した、より安全な場所への二次避難計画を策定する。
避難場所の確保: 津波の高さに対する安全性だけでなく、火災の延焼から逃れられる十分な高さと延焼防止性を備えた建築物を津波避難ビルとして指定・整備する。東日本大震災では、避難ビルが周囲の火災に囲まれ、再び避難せざるを得なくなった事例も報告されており、津波火災を考慮した避難場所の検討は喫緊の課題です。
消防力の強化: 地域の消防団の体制強化に加え、津波火災という特殊な災害に対応できるよう、消防車両の事前避難計画や、浸水・瓦礫環境下での活動に必要な装備・訓練を充実させる。

津波火災は、津波そのものの脅威に加え、火災による複合的な被害をもたらす点で極めて危険な災害です。過去の教訓を踏まえ、ハード・ソフト両面からの継続的な対策研究と実施が求められています。

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