流出説

流出説

流出説（りゅうしゅつせつ、英語: Emanationism）とは、古代末期の哲学者プロティノスによって体系化された新プラトン主義の核心をなす神秘思想です。この思想は、世界の存在やその根源を、超越的な絶対者からの「流れ出し」という概念を通して説明しようとするものです。プロティノスは、プラトン哲学を受け継ぎつつ、当時のヘレニズム世界に広まっていた様々な宗教・哲学思想の影響も受けて、この独自の宇宙論を展開しました。

概要

流出説の根幹にあるのは、すべての存在の究極的な源泉である「一者（ト・ヘン）」という概念です。一者は、一切の規定や限定を超えた、絶対的に単純で完全な存在とされます。それは思考の対象となることもなく、言葉で完全に捉えることも不可能な、万物の根源であり、善の極致と見なされます。この一者から、意図や目的をもって創造されたのではなく、あたかも光が太陽から自然に放たれるように、必然的に万物が「流出」（あるいは発出、エマナティオ）すると考えられました。

この発出の過程は、一者から遠ざかるにつれて段階的に進むとされます。最初に一者から流出するのは「知性（ヌース）」と呼ばれる領域であり、プラトンのイデア論でいうイデアがここに存在すると考えられました。知性は一者よりは劣るものの、純粋な精神的な実体であり、万物の原型を内包しています。次に、知性から「霊魂（プシュケー）」が流出します。霊魂は個々の存在を活動させ、物質世界を形成・統治する原理とされます。そして、霊魂からさらに流出したものが、私たちの住む「物質世界」であると考えられました。物質世界は、一者から最も遠く、不完全性や多様性、そして混濁に満ちた領域と見なされます。

このように、流出は高次の純粋な領域から低次の物質的な領域へと進み、最終的に感覚によって捉えられるこの現実世界が形成されたと説明されます。世界は一者からの放射の段階的な結果であり、それぞれの段階は先行する段階に由来しつつも、それよりは劣った存在であるという階層構造を持ちます。

帰還への道

流出説は単なる宇宙論に留まらず、人間がどのようにして根源である一者へと立ち戻るかという実践的な側面も含んでいます。プロティノスは、流出の過程を逆に辿ることが可能であると考えました。これは、自己の内面を探求し、物質的なものへの執着を離れ、感覚世界を超えた精神的な領域へと意識を高めていくプロセスです。霊魂が知性へと向かい、最終的には一者との合一を目指すのです。

プロティノス自身は、生涯に数回、この精神的な「帰還」、すなわち自己を超越して一者と直接的に触れ合う「エクスタシー（脱自）」の体験をしたと伝えられています。これは、単なる理論上の可能性ではなく、哲学的な修練と精神的な浄化によって実際に到達しうる境地として位置づけられました。

影響と関連

流出説を核とする新プラトン主義は、その後の西洋哲学や神秘思想に多大な影響を与えました。特に、古代のグノーシス主義思想には、世界の創造や階層的な宇宙観において類似点や影響が見られます。ただし、グノーシス主義が物質世界やそれを創造したデミウルゴスを否定的に捉える傾向があるのに対し、プロティノスは流出を必然的なものとして肯定的に捉える点が異なります。

また、中世のキリスト教神学にも深い影響を与えました。特に、神の超越性や万物の根源としての地位を説明する際に、新プラトン主義的な超越的概念や階層構造が取り入れられました。偽ディオニシオス・アレオパギタなどの神学者を通じて、その思想は東方・西方教会に浸透しました。

さらに、カタリ派やマニ教といった二元論的な宗教・思想は、グノーシス主義的な要素を多く含んでおり、間接的にではありますが、流出説が議論された思想的背景と関連があると言えます。プロティノスの哲学は、プラトン哲学を継承・発展させつつ、古代の思想を集大成し、中世以降の哲学・神学の重要な源流の一つとなりました。

流出説は、理性だけでは捉えきれない世界の根源や神秘的な側面を説明しようとする試みであり、多くの思想家や神秘主義者にとって重要なインスピレーションを与え続ける概念です。

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