流刑小屋 (五箇山)

五箇山の流刑小屋（ごかやまのるけいごや）

江戸時代、現在の富山県南砺市に位置する五箇山地域は、加賀藩にとって重要な流刑地でした。特に庄川右岸に点在する七つの村には、罪を犯した藩士などを収容するための「流刑小屋」が設けられていました。時を経て、その多くは失われましたが、田向地区には当時の姿を復元した一棟が現存しており、富山県および南砺市の有形民俗文化財に指定されています。

隔絶された流刑地、五箇山

加賀藩が五箇山を流刑地として本格的に利用するようになったのは、元禄3年（1690年）に発生した、藩士が遊女と関わった事件がきっかけでした。当時の藩主・前田綱紀は、追放する場所が限られているために多くの士を処罰せざるを得ない状況を憂慮し、新たな流刑地の選定を求めました。調査の結果、十村（大庄屋）からは五箇山、特に田向村や祖山村などが「籠の渡しでしかアクセスできず、里方への脇道もなく、山越えも困難な悪地」であるとの報告があり、その地理的な隔絶性が流刑の適地と判断されました。最終的に、祖山村、田向村、猪谷村などが流刑地として定められます。

これ以後、五箇山への流刑は加賀藩内で定着し、能登島への追放よりも重い罪を犯した者が送られる地として位置づけられました。主に庄川東岸の小原、猪谷、田向、嶋、籠渡、大崩島、祖山といった七つの村が流刑地として利用され、最も多い時期には一度に20名もの流刑人が収容されていたといいます。藩政期を通じて、五箇山の民謡「お小夜節」の由来とされるお小夜（小原村）、加賀騒動に関与した大槻伝蔵（祖山村）、著名な儒学者・富田景周の弟である彦左衛門（嶋村）など、様々な背景を持つ人々がこの地に送られてきました。

五箇山への流刑制度は、明治維新を迎えた明治元年（1868年）3月に発布された大赦令によって終わりを告げます。この大赦令を受け、加賀藩は能登島や五箇山の流刑人をすべて解放しました。当時五箇山に流されていた9名も自由の身となり、これをもって五箇山における加賀藩の流刑制度は幕を閉じました。制度に関連する多くの物品が失われる中、流刑小屋の一部は後世に残されることになります。

流刑小屋の構造と暮らし

五箇山の各村では、村はずれの屋敷地に流刑小屋が建てられ、流刑人が入居するとその屋敷地の年貢銀が免除されるという取り決めがありました。最初の「御縮小屋（おちぢみごや）」は、宝暦10年（1760年）に田向村で流刑中の上田戸左衛門が騒動を起こした後、新たに建てられたものです。その後、安永6年（1777年）に祖山村へ流刑となった鈴木初右衛門のために小屋が建てられる際、村役人と藩役人の協議によって九尺二間（約2.7m×約3.6m）の寸法が定められ、これが以後の標準的な大きさとなりました。田向地区に現存する復元流刑小屋も、この九尺二間の寸法で作られています。

流刑小屋には、食事の用意や小屋内の監視を行うための「食事認小屋（じきじにんごや）」が付属し、常時2名の番人が置かれていました。番人には給金が支払われたため、百姓にとっては収入を得る機会となりました。しかし、大槻騒動に関連して多くの処罰者が出た祖山村では、流刑人の番人を引き受ける者が少なくなり、安永6年（1777年）に鈴木初右衛門が流刑された際も、村側が給銀や番人の人数の増加を要求し、それを藩が認めざるを得ない状況が生じました。農民の立場が弱かった封建社会において、このような農村側の要求が通った背景には、流刑という特殊な事例であったこと、そして地理的に隔絶された五箇山における村落の協力が不可欠であったことが挙げられます。

田向地区に現存する流刑小屋

田向地区に残る流刑小屋は、明和年間（1764年-1772年）に集落で発生した大火の後に建て替えられたものと伝えられています。流刑制度が廃止された後、この小屋は物置として利用されていましたが、やがて五箇山地域で唯一現存する流刑小屋として歴史的な注目を集めるようになりました。しかし、長年の風雪による劣化に加え、昭和38年（1963年）のいわゆる「三八豪雪」によって惜しくも倒壊してしまいました。

そこで、古い図面資料（設計書）をもとに、往時の寸法で忠実に復元する計画が進められました。そして昭和40年（1965年）に復元が完成すると、同年10月1日には当時の平村の文化財に指定され、地域の歴史遺産として保護されることになります。復元にあたっては、腐食が進んでいた部材は新しく作り直されたため、元の小屋の資材はほとんど残っていません。しかし、食事を差し入れるための開口部が設けられた柱だけは、倒壊を免れ、元のものがそのまま使用されています。この柱は、流刑人の日々の暮らしを偲ばせる貴重な痕跡と言えるでしょう。

田向地区の流刑小屋は、五箇山の厳しい自然環境と歴史の中で営まれた人々の生活、そして加賀藩の刑罰制度の一端を今に伝える貴重な遺構です。周辺には五箇山温泉の五箇山荘、田向光明寺、羽馬家住宅などがあり、かつての流刑地であった集落の歴史と文化に触れることができます。

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