前田綱紀

前田綱紀：寛容な治世と文化振興で名を馳せた加賀藩主

前田綱紀は、加賀藩第四代藩主にして加賀前田家第五代当主です。最後の女帝、後桜町天皇の外曾祖父にあたる人物でもあります。寛永20年（1643年）、江戸の藩邸で、父・前田光高と母・大姫（徳川家光の養女）の長男として誕生しました。誕生の知らせを受けた父・光高は、急いで江戸へ向かい、驚異的な速さで参勤交代を果たしたと伝えられています。綱紀の幼名は犬千代丸でした。

父・光高が正保2年（1645年）に若くして亡くなったため、綱紀はわずか3歳で家督を相続することとなります。藩政は祖父・利常が後見する体制がとられましたが、利常は孫である綱紀に武芸や学問を教え込み、尚武の精神を養いました。伊達忠宗や池田光政といった当時の賢君たちの話を聞かせるなど、綱紀の教育には並々ならぬ情熱を注いでいたようです。

承応3年（1654年）、綱紀は元服し、徳川家綱より偏諱を授かり「綱利」と名乗り、後に「綱紀」と改名しました。その後、保科正之の娘・摩須と結婚します。保科正之は徳川家光の異母弟であり、家綱の後見人として幕政を主導した有力者でした。この婚姻は、将軍家の血筋と優れた人材を求めた利常の思惑が反映されていると考えられます。摩須は若くして亡くなりましたが、綱紀はその後継室を迎えることはありませんでした。

万治元年（1658年）、祖父・利常の死後、綱紀は親政を開始します。岳父である保科正之の思想の影響を強く受けた綱紀は、藩政改革に着手しました。新田開発や農業改良、十村制度の整備といった政策を進め、特に寛文の大飢饉の際には、生活困窮者を救済するための施設「御小屋」（非人小屋）を建設しました。これは、数千人を収容できる大規模な施設で、米の支給や医療体制の整備も行われ、綱紀の人道的な姿勢を示すものです。

綱紀は、藩内の職制改革や刑罰制度の緩和にも取り組みました。それまで加賀藩は厳しい刑罰で知られていましたが、綱紀の治世下では死刑の減刑なども行われ、武断政治から文治政治への移行が進みました。隣国福井藩との領土争いにも決着をつけ、安定した藩政を築きました。

また、綱紀は自らも学問を愛し、藩内に学問・文芸を奨励しました。多くの書物を収集し、百科事典『桑華学苑』を編纂するなど、文化振興にも大きく貢献しました。能楽を藩内に導入し、自身も能楽をたしなむなど、芸術にも造詣が深かったようです。加賀藩の書庫は、新井白石から「天下の書府」と評されるほど充実しており、他の古文書の保存にも尽力しました。

財政面では、幕府の警戒を避けるため、資金に余裕がある時は散財し、豪奢な調度品や建物の改築に惜しみなく費用を投じました。元禄2年（1689年）には、将軍徳川綱吉から御三家に準ずる待遇を受け、加賀藩の権威は頂点に達しました。荻生徂徠も綱紀の仁政を高く評価しています。

享保8年（1723年）、家督を四男の吉徳に譲り隠居、享保9年（1724年）に82歳で亡くなりました。徳川光圀や池田光政らと並び、江戸時代前期の名君として称えられています。綱紀の長寿と80年にも及ぶ藩政は、加賀藩にとって大きな幸運であったと言えるでしょう。その功績は、祖父利常による幼少期の教育によるところも大きかったと考えられています。彼の治世は、寛容な統治と文化振興によって特徴づけられ、加賀藩の繁栄に大きく貢献しました。

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