海と夕焼

『海と夕焼』の概要

三島由紀夫の短編小説『海と夕焼』は、文永の鎌倉建長寺に置かれたフランス人寺男が、晩夏の美しい夕焼けを眺めながら過去の少年時代に想いを馳せる物語です。この作品は、彼がかつて体験した信仰や挫折を回想する形式で進行し、神による奇蹟への期待とその裏に潜む絶望を描いています。

物語のあらすじ

物語は、1272年の文永9年、鎌倉建長寺に住む老僧・安里が静かに裏山の勝上ヶ岳から見下ろす海の景色から始まります。彼は、村で仲間外れにされている聾唖の少年を伴い、かつての故郷、フランスでの思い出を辿ります。夕焼けの美しさに心を奪われ、安里は自らの少年時代をフランス語で語り出します。この言葉は、聴覚を持たない少年には理解できなくとも、彼の目を通して深く受け止められているようです。

安里の回想は、彼がフランスのトゥールーズ伯爵の領地セヴェンヌに住んでいた頃、1212年のある夕暮れにさかのぼります。そこでは、彼が神託を受け取り、その啓示に従い聖地エルサレムを奪還するために同志を集める児童十字軍の一員となる運命に繋がります。神から「地中海の水が二つに割れるだろう」と告げられた安里は、希望に満ちて旅立ちますが、実際には過酷な試練に直面します。

彼は、信心深い友人たちから支持を受け、仲間の子供たちを引き連れてマルセイユへ向かいます。しかし、願った海が二つに割れることはなく、最終的に彼は不幸な運命に翻弄され、奴隷としてエジプトに売り飛ばされることになります。

主題とテーマ

『海と夕焼』の中心テーマは、信仰と絶望、そして突破口のない希望です。安里は過去の体験を通じて、かつて信じたものへの疑念と彼自身の願望を抱えながら、現在の自分を見つめ直しています。彼の心の底には「奇蹟」を信じたいという願いが残されていますが、その願いが実現しなかったことが、彼をより一層孤独な存在へと追いやります。

物語のクライマックスでは、安里の周囲に夕焼けの美しさが広がり、彼は故郷や昔の仲間の面影を見つめます。彼の視線の先には希望と現実の葛藤があり、夕焼けの色が失われる中で、彼の心にも平安が訪れようとしていることを示唆します。

作品の評価

この短編小説は、三島が特に愛着を持っていた作品の一つです。彼の文学におけるテーマである「奇蹟への期待」と「絶望」の対比が、作品全体を通じて巧みに表現されています。特に、安里と少年の対話を通じて描かれる信仰と無情、神秘的な海の静けさは、読者に深い印象を与えます。また、安里の心情の変化を追いながら、詩的で哲学的な要素を取り入れた三島らしい作品となっています。

『海と夕焼』は、戦争と信仰をテーマにした三島文学の一部としても位置づけられています。彼の生きた時代の社会的背景や自らの経験が、この作品に色濃く反映されており、文学としてだけでなく、歴史的な視点からも興味深い分析がされています。

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