海賊の掟

海賊の掟（かいぞくのおきて、pirate code）とは、無法の徒と思われがちな海賊たちが、自らの船や共同体内での秩序を保つために定めた独自の行動規範を指すものです。これは海賊条項（pirate articles）や合意条項（articles of agreement）とも称され、海賊行為に関わる様々な規律、戦利品の公正な分配方法、戦闘などで負傷した仲間への補償規定などを事前に取り決めていました。ここでは特に、海賊行為が最も盛んに行われたとされる海賊黄金時代、カリブ海を中心に活動した海賊たちの掟に焦点を当てて解説します。

海賊の掟の起源は、17世紀にカリブ海で活動したバッカニア（Buccaneer）たちが用いた船の規則に遡ります。当時の他の船と同様に、バッカニアたちも乗組員の行動を統制するための船の掟の下で活動していました。国家の法とは異なる独立した規範として機能したこれらの「合意条項」は、シャス＝パルティ（Chasse-Partie）、チャーター・パーティ（Charter Party）、海岸の慣習（Custom of the Coast）、ジャマイカ規律（Jamaica Discipline）など、様々な名称で知られ、後世には「海賊の法典」と呼ばれるようになりました。掟の内容は船長によって異なり、同じ船でも航海の度に改訂されることもありましたが、懲罰規定、戦利品の分配規則、負傷者に対する補償規定など、多くの共通点が見られました。

海賊船に乗り込む際には、各乗組員は掟に署名または印を付けることが求められ、その後、忠誠や名誉の宣誓を行いました。宣誓は聖書を用いて行われることもありましたが、聖書がない場合は斧で誓いを立てることもありました。伝説によれば、交差したピストルや刀を使ったり、人間の頭蓋骨に誓ったり、大砲を跨いだりするという儀式もあったとされます。この行為によって、署名者は正式に一員として認められ、一般に役職決定や問題解決への投票権、武装する権利、そして略奪品の分け前を得る権利が与えられました。署名された掟は、多くの場合、船長室の扉など、船内で目立つ場所に掲示されていました。

海賊が他の船を拿捕した際、新たな乗員を確保し、掟に署名させることがありました。これは自発的な加入である場合もあれば、拷問や死への恐怖から逃れるための強制的な仲間入りである場合もありました。船大工や航海士といった貴重な専門技術を持つ者は、特に強制的に掟への署名を求められることが多く、署名しても解放されることは稀でした。一方で、自ら進んで海賊に加わる者の中には、当局に捕縛された際の抗弁材料として、あえて強制的に署名させられたような形式を要求する者もいました。一般的に、掟に署名しなかった者が当局に捕らえられた場合、裁判で無罪となる機会は非常に高かったと言われています。

海賊たちの掟は、当時の一般船舶、特に私掠船における合意内容と深く関連しており、それらが基盤となって発展しました（ただし、海賊の掟は一般の船の規則よりも平等な側面を持つこともありました）。商船や私掠船の合意は中世ヨーロッパまで遡ることができ、船主や商人、そして船員たちの間で利益を共有するための「共同作業（joint hands）」の協定システムにその源流を見ることができます。

現在、知られている海賊の掟の具体的な文章は少ないのが現状です。これは、拘束や降伏の危機に直面した海賊が、署名入りの掟が裁判で不利な証拠となるのを避けるため、通常は焼却するか船外へ投げ捨てて証拠隠滅を図ったためです。現在知られているものの多くは、1724年に出版されたキャプテン・チャールズ・ジョンソン著の『海賊史（A General History of the Pyrates）』や、海賊の裁判記録から得られたものです。ここで紹介する銀貨は、スペイン銀貨（ピース・オブ・エイト、Piece of Eight）を指します。

以下に、いくつかの著名な海賊の掟の主な条項を挙げます。

バーソロミュー・ロバーツの掟

海賊黄金時代の最後の大海賊とされるバーソロミュー・ロバーツは、民主的な要素と厳しい罰則を組み合わせた掟を持っていました。
すべての乗組員に活動に関する投票権が与えられること。
戦利品の公平な分配に関する規定（窃盗への厳しい罰則を含む）。
賭博や夜間の規律に関する禁止・制限。
有事に備えた武器の手入れの義務。
許可なく少年や女性を乗船させた場合の死刑など、女性に関する厳格な規則。
戦闘中の逃亡に対する死刑または置き去り刑。
船上での私闘を禁じ、陸地での決闘で解決すること。
定められた分け前に達するまで一味を抜けることを禁じ、負傷した仲間への補償金を規定すること。
船長、操舵長、上級船員など、役職に応じた戦利品の分け前比率を定めること。

ジョン・フィリップスの掟

1724年に定められたジョン・フィリップスの掟は、特に規律違反に対する罰則が厳しいことで知られます。
乗員は命令に従う義務があること。
脱走や隠し事を企てた者への置き去り刑（必要最低限の装備付き）。
仲間内での窃盗や賭博による利益獲得に対する置き去り刑または射殺。
置き去り刑の者を無許可で仲間に加えることを禁じ、違反者への罰を規定すること。
仲間を誤って傷つけた場合の「モーセの律法」（40回の鞭打ち）による罰則。
火器や火の取り扱いに関する危険行為への罰則。
武器の手入れや職務遂行の義務を怠った場合の罰則。
戦闘時の負傷に対する具体的な銀貨での補償額を定めること。
貞淑な女性に対し、同意なく手を出した者への死刑。

エドワード・ローとジョージ・ラウザの掟

一時的に共に行動したことから、共通点が多いとされる掟です。
船長、操舵長、船医など、役職に応じた戦利品の分け前比率を定めること。
船員への暴力や不当な武器持ち込み、戦闘時の臆病、拿捕品の隠匿、賭博での不正など、様々な規律違反に対する罰則を規定すること（多くは船長や仲間の多数派による決定）。
戦闘時の四肢喪失に対する銀貨での補償と、その後の乗船権利を定めること。
最初に標的船を発見した者への特典を設けること。

ジョン・ゴウの掟

1729年に発見されたこの掟は、即時的な規律維持を目的としていた可能性があります。
すべての者が指揮官に従い、船の所有物のように扱うこと。
食料の公平な分配を定め、勝手に処分することを禁じること。
海賊の計画を口外した場合、即刻死刑に処されること。
定められた時まで上陸を禁じること。
夜間の時間管理と賭博・飲酒の制限。
条項違反に対する死または他の処罰を規定すること。

ヘンリー・モーガン（バッカニア）の掟

アレクサンドル・エスケメランの記録に残されたバッカニアの掟であり、当時の私掠活動に近い側面も見られます。
戦利品から分け前を支払う原則（「獲物なければ報酬なし」）。
船長や船医などへの報酬額を定めること。
右腕の喪失には600銀貨、片目には100銀貨といった具合に、身体の損壊に応じた具体的な補償額を定めること。
船長を筆頭に、役職に応じた詳細な戦利品の分け前比率を定めること（少年にも分け前が与えられた）。
* 拿捕した船での戦利品の隠匿を厳しく禁じ、違反者を追放すること。

これらの掟は、一見無秩序に見える海賊社会が、実は独自のルールによって統制され、構成員の権利や義務、そして罰則が定められていたことを示しています。それは当時の合法的な船の慣習から発展しつつも、海賊という特殊な環境に適応した形で形成された、彼ら自身の生存と活動のための知恵であったと言えるでしょう。

もう一度検索