ヘンリー・モーガン

サー・ヘンリー・モーガン：カリブ海の私掠船長からジャマイカ副総督へ

サー・ヘンリー・モーガン（Sir Henry Morgan、1635年頃 - 1688年8月25日）は、ウェールズ出身の私掠船長、農園主、そしてジャマイカ副総督という、多面的な顔を持つ人物です。彼は、17世紀のカリブ海で、その名を轟かせました。私掠船長としての略奪行為で莫大な富を築き、その財力を基に大規模な砂糖プランテーションを経営し、最終的にはジャマイカ副総督という地位にまで上り詰めました。その生涯は、海賊としてだけでなく、社会的な成功者としても特筆すべきものでした。

生い立ちと初期のキャリア

モーガンの出自は、正確にはわかっていません。ウェールズのモンマスシャー地域（現在のカーディフの一部）で生まれたとされていますが、詳しい家族構成や生い立ちについては不明な点が多く残されています。歴史家のデイヴィッド・ウィリアムズは、モーガンの両親や先祖を特定する試みは「すべて不十分であった」と述べています。

モーガンがいつ、どのような理由で西インド諸島へ渡り、私掠船の船長となったのかも定かではありません。ただ、1660年代前半には、サー・クリストファー・ミングス率いる私掠船団の一員として活動していたと考えられています。

17世紀のカリブ海は、若者にとってチャンスに満ちた場所でした。砂糖産業で富を得るには多額の投資が必要でしたが、交易やスペイン帝国に対する略奪行為も、富を築く手段として存在していました。政府は、敵国の船舶や植民地を攻撃する許可を個人や船に与え、これを「私掠」と呼んでいました。

私掠船長としての活躍

1660年代初頭、モーガンはミングス船団の一員として、スペイン領の拠点を攻撃しました。1663年には、ミングスの指揮下でサンティアーゴ・デ・クーバやカンペチェへの襲撃にも関与したと推測されています。1664年にはジャマイカ総督に任命されたサー・トマス・モディフォードと親交を深め、1667年にはイングランドとスペインの外交関係が悪化すると、モディフォードから私掠免状を得て、スペインの輸送船や植民地を襲撃しました。

1668年1月、モーガンは提督の地位を与えられ、10隻の船と500人の兵士を率いて出航しました。さらにトルトゥーガ島から2隻の船と200人の兵士が加わり、彼の私掠船団は増強されました。モーガンは、キューバのプエルト・プリンシペ（現カマグエイ）やベネズエラのマラカイボなど、スペインの主要な拠点を次々と襲撃し、スペイン人に恐怖を与えました。しかし、イングランド人からは英雄視され、その名声は国王チャールズ2世を含む政府や王室の有力者たちにも知れ渡りました。

プエルト・プリンシペ襲撃（1667年）

当初、ハバナを攻撃する予定でしたが、その防衛力の高さから、プエルト・プリンシペを目標に変更しました。この襲撃で得た戦利品は期待したほどではありませんでしたが、モーガンはモディフォードに対し、スペインがイングランド領への攻撃を企てている証拠があると報告しました。

ポルトベロ襲撃（1668年）

プリンシペでの戦利品を分配後、モーガンはスペイン本国とアメリカ植民地を結ぶ貿易上の要所であるポルトベロを攻撃しました。モーガンは、夜明け前に3つの砦と街を素早く占領し、その軍事的な手腕を見せつけました。この作戦で、モーガンは捕らえた修道士や修道女を人間の盾にしたという逸話がありますが、後述するように名誉毀損裁判の結果、この逸話は削除されました。

ポルトベロ占領は1ヶ月に及び、莫大な身代金と略奪品を得て、ポート・ロイヤルに帰還しました。この戦利品は、当時のジャマイカの農業生産高を上回り、平均的な船乗りの年収の数倍に相当するものでした。

マラカイボ遠征（1668-1669年）

1668年10月、モーガンは10隻の船と800名の兵士を率いて、カルタヘナ（現コロンビア）を目指しました。しかし、旗艦のオックスフォード号が爆発事故で失われたため、目標をマラカイボ湖沿岸のマラカイボとジブラルタルに変更しました。

モーガンは、まずサン・カルロス・デ・ラ・バラ要塞を攻略し、マラカイボとジブラルタルを占領しました。これらの街で、住民を拷問して金や財宝の隠し場所を聞き出すなど、略奪の限りを尽くしました。その後、モーガンはスペイン艦隊の包囲を突破し、無傷でポート・ロイヤルに帰還しました。この脱出劇は、モーガンの狡猾さと大胆さを示すものとして評価されています。

パナマ襲撃と逮捕、そしてナイトの授爵

1670年、モーガンは30隻以上の船団を率いてスパニッシュ・メインに出航しました。1671年、モーガンはパナマ・シティを襲撃し、街を破壊しました。しかし、これは講和条約（マドリード条約）に違反する行為であり、スペイン当局はイングランドに処罰を求めました。イングランド政府はスペインとの外交関係に配慮し、モーガンを逮捕してロンドンに召喚しました。

ところが、モーガンは目立った処罰を受けませんでした。1674年11月にはナイト爵が与えられ、ジャマイカ副総督に任命されて西インド諸島に舞い戻りました。これは、海賊としては異例の出世であり、彼の高い社会的地位を示しています。

ジャマイカ統治と晩年

ジャマイカ副総督として、モーガンは政治家としての顔も持つようになりました。ジャマイカ議会の議員も務め、総督代行も三度務めましたが、晩年は現職総督との不仲により副総督を解任され、議員も辞任させられました。1684年には、かつての部下であったアレクサンドル・エスケメランが、モーガンの悪行について言及した回顧録を出版したため、名誉毀損裁判を起こしました。このエスケメランの著作は、後世におけるモーガンの人物像に多大な影響を与えました。

晩年、モーガンは友人が新総督となり、地位の回復が図られましたが、不遇時代の大酒がたたり、健康を蝕まれていました。1688年8月25日、モーガンはジャマイカで亡くなり、植民地政府は彼の国葬を決定しました。

後世への影響

モーガンの生涯は、後世において脚色され、フィクションのテーマとなりました。彼の名前や人生は、様々なジャンルの海賊作品に影響を与え、映画、小説、ゲームなど、多くの作品に登場しています。

例えば、映画作品では『海賊ブラッド』（1935年）、『The Black Swan』（1942年）などが挙げられ、ゲーム作品では『Sid Meier's Pirates! 』（2004年）などがあります。また、モーガンの名を冠したラム酒「キャプテン・モルガン」は、世界的に有名です。

モーガンの遺産は、その波乱に満ちた生涯を通して、海賊のイメージと、カリブ海の歴史を語る上で、欠かすことのできない存在として、現代にまで引き継がれています。

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