混同秘策

『混同秘策』：世界征服を夢見た江戸時代の奇書

『混同秘策』（または『宇内混同秘策』）は、江戸時代後期の農政学者にして経世家、佐藤信淵が文政6年（1823年）に著した書物です。国内統治論と世界征服論を大胆に展開したこの書は、その奇抜な内容から、今日でも大きな関心を集めています。

日本中心主義と世界征服戦略

本書は、「皇大御國ハ大地ノ最󠄁初ニ成󠄁レル國ニシテ…」という力強い言葉で幕を開けます。これは、日本が世界の中心であり、世界を統べるべきだという強い自民族中心主義を表明したものです。佐藤信淵は、平田篤胤に師事し国学を学んだ経験から、「産霊（むすび）」の神意を奉じる日本至上主義の経世済民論を展開しました。

世界征服のためには、まず国内の統一が不可欠だと信淵は考えました。そのため、彼は具体的な政策を提案しています。まず、京都に加えて江戸を「東京」と改称し王城を築き、大坂を「西京」として別都とする構想です。さらに、全国14箇所に節度大使を配置し、中央集権的な官僚制国家の建設を目指しました。そして、八丈島や小笠原諸島の開発、フィリピンの領有による資源確保と東京防衛なども主張しています。

彼の構想する東京の皇都は、皇城を中心に西に皇廟、東に大学校を配置するなど、具体的な配置まで示されています。しかし、その内容は統一国家が未だ存在しない現実を踏まえているとは言い難く、観念的な部分も多分に見られます。この具体性と観念性の混在は、本書全体の特徴となっています。

満州征服から始まる世界制覇

海外征服については、「凡ソ他邦ヲ經略スルノ法ハ弱クシテ取リ易キ処ヨリ始ルヲ道トス…」と述べ、満州を征服することから始め、段階的に中国、そして世界征服を目指すべきだと主張しています。満州、中国北部を制圧した後、台湾と寧波から中国本土へ侵攻し、南京に仮の皇居を定め、明の皇帝の子孫を上公に封じるなど、具体的な侵略計画を詳細に記しています。中国征服後には、周辺諸国も容易に征服できると楽観的な見方を示しています。

明治維新への影響とその後

『混同秘策』が広く世に知られるようになったのは、明治21年（1888年）、勤王家・農業史家である織田完之によって出版された時です。それ以前にも転写されていたとされます。大久保利通が江戸を東京と改称したのも、本書からヒントを得たという説があります。また、戦時中の超国家主義者にも好んで読まれたと伝えられています。

本書は、日本至上主義だけでなく、中国征服を手段とする世界侵略という具体的な構想、そして、フィリピンや南洋諸島の領有などを主張しており、一部の欧米人からは「大東亜共栄圏構想の父」とまで評されています。その内容は太平洋戦争と驚くほどの類似性を示しており、歴史的にも重要な意味を持つと言えるでしょう。

結論

『混同秘策』は、単なる空想論ではなく、当時の社会情勢や信淵自身の知識を基にした、緻密で驚くべき内容を含んだ書です。その過激な主張は、現代の我々にも衝撃を与え、歴史を読み解く上で重要な一石を投じるものと言えるでしょう。日本中心主義、世界征服、そしてそのための具体的な戦略。これらの要素が複雑に絡み合った『混同秘策』は、江戸時代という時代背景を理解する上でも、極めて重要な文献と言えるのではないでしょうか。

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