渋沢市郎

渋沢 市郎（しぶさわ いちろう）は、弘化4年10月15日（1847年11月22日）に生まれ、大正6年（1917年）1月19日に亡くなった、明治期日本の重要な人物です。彼は政治家、実業家として活躍したほか、養蚕業や農業にも深く関わった篤農家としても知られています。

出自と思想的背景

市郎は幕末の上野国新田郡成塚村、現在の群馬県太田市にあたる地で、須永惣次郎の次男として生を受けました。幼い頃は須永才三郎と名乗っています。母は渋沢宗助（二代目）の娘であり、先代の渋沢市郎右衛門の妹にあたります。この母方のつながりを通じて、後の日本資本主義の父と称される渋沢栄一とは従兄弟の関係でした。

栄一が故郷を離れて東京で新たな一家を立てた後、市郎は栄一の妹である貞（貞子、ていとも）と結婚し、渋沢市郎右衛門家、通称「渋沢中の家」の家督を継承しました。これにより、彼は単なる親戚関係を超え、渋沢家の血脈を地域で守り、発展させる役割を担うことになります。彼の族籍は埼玉県平民とされています。

政治・地域活動

市郎の活動の舞台は、主に埼玉県大里郡八基村（現在の深谷市）でした。彼は地域社会の発展に尽力し、公共の場での活躍を見せます。明治25年（1892年）には八基村会議員に選出され、地域行政に携わります。さらに明治32年（1899年）には、その功績と信頼から名誉村長に推薦されるに至りました。

村政での経験を積んだ後、明治38年（1905年）には村長職を辞し、埼玉県会議員選挙に出馬して当選を果たします。県議会議員として、より広範な地域課題の解決に取り組みました。県会議員の任期満了後も地域への貢献を続け、信用組合を組織しその経営に携わるなど、経済的な側面からの地域振興にも力を入れました。大正元年（1911年）には再び埼玉県会議員に当選しており、その政治手腕と地域からの厚い信任がうかがえます。

実業と農業

政治活動と並行して、市郎は実業家としても手腕を発揮しました。彼は地域の金融機関である深谷銀行の取締役を務め、地元の経済活動を支えました。また、家業としていた養蚕業や農業にも力を入れ、篤農家として技術の改良や普及にも努めたと考えられます。こうした多角的な活動は、当時の地域社会において経済基盤を固め、住民生活を向上させる上で極めて重要でした。

家族構成

市郎の妻・貞は、渋沢市郎右衛門（先代市郎）の娘で、子爵・渋沢栄一の妹にあたります。二人の間には二人の息子がいました。長男の元治（1876年-1975年）は、後に電気工学者として大成し、名古屋帝国大学の総長を務めた人物です。元治の妻である孝子は、法学者で男爵の穂積陳重と、渋沢栄一の長女である歌子夫妻の間に生まれた娘であり、これにより渋沢市郎家は渋沢栄一の本家筋とさらに深い姻戚関係で結ばれることになります。二男の治太郎（1878年-1942年）は、深谷製絲所の代表取締役を務めたほか、篤農家として父の事業を受け継ぎ、また父と同じく八基村会議員、埼玉県会議員、八基村村長を歴任しました。

関連情報

渋沢市郎は、近年、NHKで放送された大河ドラマ『青天を衝け』（2021年）に登場しており、俳優の石川竜太郎が演じました。作中では、元々渋沢家の親族ではなく、他家から婿入りした人物として描かれています。彼の生涯や活動は、当時の地方における有力者の役割や、渋沢栄一を巡る親族のネットワークを知る上で貴重な事例と言えるでしょう。彼の住所は埼玉県大里郡八基村でした。

渋沢市郎の事績は、『大日本篤農家名鑑』や『八基村郷土誌』といった当時の文献にも記録されており、地域社会の発展に貢献した人物としてその足跡をたどることができます。

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