渋沢篤二

渋沢 篤二（しぶさわ とくじ）は、明治から昭和初期にかけて活躍した日本の実業家です。1872年（明治5年）11月16日、近代日本経済の礎を築いた渋沢栄一とその妻千代の次男（嫡男）として東京に生まれました。長男は夭逝していたため、篤二が事実上の嫡子となりました。

幼少期は母千代に育てられましたが、9歳で母を亡くし、姉たちに囲まれて育ちます。青年期には、父栄一の邸宅に寄宿する同世代の青年たちと共に、勉学や成果発表の場として「龍門社」を設立し、『龍門雑誌』の刊行にも関わりました。

学習院で学んだ後、熊本の第五高等中学校に進みますが、病のため志半ばで退学を余儀なくされます。この頃、父栄一から故郷である血洗島での謹慎を命じられました。帰京後、自宅で英学、漢学、法律、経済などを学び、教養を深めます。

1895年、公家の家柄である橋本伯爵家の敦子と結婚。父栄一が邸宅内の土蔵群を利用して澁澤倉庫部を創業すると、その倉庫部長に就任しました。その後、義兄である法学者の穂積陳重に随行して欧米を視察し、帰国後は第一銀行の検査役を務めます。東京毛織物の設立に関与し取締役に就任するなど、実業界での活動を広げていきました。特に澁澤倉庫は、1909年に渋沢家と第一銀行の共同出資により株式会社化されると、篤二が初代取締役会長に就任し、その経営の重責を担います。

しかし、1911年頃に芸者との関係を巡る問題が表面化し、翌年には渋沢家における篤二の廃嫡方針が決定されます。1913年に正式に廃嫡が届け出され、澁澤倉庫の会長職も退きました。当時の新聞は、篤二の体調が優れず、脳神経や腎臓の病を患い、精神的な不安定さが見られたことが廃嫡の理由であると報じています。父栄一は、この出来事の後、同族会社を改組し、嫡孫である篤二の長男・敬三を跡継ぎとして指名することで、家の安定を図りました。この廃嫡については、単なるスキャンダルだけでなく、親族間の複雑な関係性や、将来の家督争いの芽を摘むための父栄一による措置であったという見方もあります。

廃嫡後、妻の敦子は3人の子供を連れて自宅を出て、数年間借家を転々としながら暮らしました。しかし、篤二自身は後に実業の世界に復帰します。1922年には澁澤倉庫の専務取締役に、監査役を経て1927年には再び取締役会長に就任し、晩年まで経営に深く関わりました。晩年は長男敬三や三男智雄の子ら、多数の孫に恵まれ、穏やかな時間を過ごしたと伝えられています。

多趣味な人物としても知られ、義太夫や常磐津といった邦楽のほか、写真、記録映画の撮影、乗馬、日本画、狩猟、犬の飼育など、その関心は多岐にわたりました。異母弟の渋沢秀雄は、篤二について「生活を楽しむことだけが商売みたいな、世にも気楽な一生を送った」と語っていますが、一方でジャーナリストの佐野眞一は、偉大な父の存在から逃れるために放蕩に走った「悲劇の人物」と評しています。

父栄一が亡くなった翌年の1932年夏に健康を損ない、療養に努めましたが、同年10月6日に永眠しました。享年61（満59歳没）。墓所は父栄一ら渋沢子爵家代々の墓所である谷中霊園にあります。長男の敬三は、篤二が生前に撮影した写真を集めた私家版写真集『瞬間の累積 渋沢篤二明治後期撮影写真集』を刊行しています。

篤二は、父栄一という巨人の陰に隠れがちですが、自らも実業家として活動し、多趣味で個性的な一面を持つ人物でした。その生涯は、近代日本の激動期における名家の葛藤と、一人の人間の苦悩と復帰の物語を映し出しています。

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