渡辺幸博

渡辺幸博（わたなべ ゆきひろ）は、1928年2月19日にこの世に生を受けた日本の哲学者です。長年にわたり関西大学で教鞭を執り、退任後は名誉教授の称号を得ました。

その人生は、故郷である熊本県阿蘇郡で始まりました。1952年に鹿児島大学農学部の獣医専攻科を卒業後、一時期は大阪府の家畜健康衛生所に勤務するという、哲学とは一見異なる道に進んでいます。しかし、その後学問への志を深め、関西大学大学院文学研究科哲学専攻に進学。1963年に博士課程を単位取得満期退学しました。

大学院での研鑽を積んだ後、1967年に関西大学文学部の講師に着任します。以来、助教授、そして教授へと昇進し、哲学研究者および教育者としての確固たる地位を築き上げました。1998年の定年退職に際しては、その功績を称えられ、関西大学名誉教授となりました。

渡辺氏の研究は多岐にわたりますが、中でもサルトル哲学とポスト構造主義に関心を寄せ、深く掘り下げました。この分野における長年の研究は、「サルトルとポスト構造主義」と題された論文に結実し、1993年に関西大学より文学博士号を授与されています。これは、彼の学術的な功績の中でも特筆すべき出来事です。

哲学に関する著作も数多く発表しています。1973年の『自由と疎外 近代的自由とその崩壊』を皮切りに、サルトル哲学に焦点を当てた『サルトルの哲学 人間と歴史』（1980年）、そして博士論文の基礎となった『サルトルとポスト構造主義』（1992年）や『哲学の現在 サルトルからポスト構造主義へ』（1993年）などがあります。さらに、晩年には日常性や世紀末といったテーマから哲学を考察する『人生と哲学 日常性を考える』（1996年）、『哲学の周辺 世紀末を考える』（1997年）を著し、哲学そのものへの問いを深める『哲学の世界 哲学とは何かを問い求めて』（1998年）、自身の哲学との関わりを振り返る『私と哲学 本物を求めて』（2003年）を発表するなど、その関心は広範囲に及びました。

単著のほかにも、多くの研究者との共同作業を通じて学術貢献を行っています。山村嘉己氏や小川雅也氏と共編著で『知識人その虚像と実像』（1976年）を、植村卍氏との共著で『文明と思想 哲学と科学のあいだ』（1982年）を刊行しています。また、『現代社会と知識 いま大学で何を学ぶか』（1985年）にも共著者として名を連ねています。さらに、渡辺孝子氏の著書『かつて私は軍国少女であった』（2007年）では編者を務め、多様な形で知の発信に関わりました。

翻訳活動も精力的に行っており、海外の重要な哲学・思想書を日本に紹介する役割も担いました。坂田親信氏との共訳によるショーペンハウアーの『倫理学の二つの根本問題』を含む『ショーペンハウアー全集 5』（1972年）、鳥井克之氏との共訳による汪子嵩らの『西洋哲学史概説』（1973年）、神崎勇夫氏との共訳による『マルクス主義哲学辞典 人民出版社版』（1976年）、そして山村嘉己氏との共訳によるポール・トゥルニエの『人間・仮面と真実』（1977年）など、多岐にわたる翻訳を手掛けています。これらの翻訳は、国内外の哲学研究の架け橋となる重要な業績です。

このように、渡辺幸博氏は哲学者として、教育者として、そして研究者として、著作、共編著、翻訳という多様な形で日本の哲学界に貢献しました。

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