滝口入道

高山樗牛の代表作『滝口入道』：平家物語を下敷きにした悲恋物語

『滝口入道』は、近代日本を代表する文豪の一人、高山樗牛の処女作にして唯一の小説です。1894年4月16日から5月30日にかけて『読売新聞』で連載され、大きな反響を呼びました。この作品は、単なる歴史小説の枠を超え、樗牛の文学的才能を鮮やかに示す、彼の代表作となっています。

作品誕生の経緯：歴史小説募集と匿名応募

1893年、23歳の樗牛は東京帝国大学文科大学哲学科に入学していました。同年11月、『読売新聞』が歴史小説の懸賞募集を実施。1等賞には100円、2等賞には金時計が贈られるという、当時としては破格の賞金がかけられていました。審査員には尾崎紅葉、依田学海、高田半峯、坪内逍遥といったそうそうたる顔ぶれが名を連ね、入選作品は新聞紙上で連載されることが決定していました。

応募は匿名で行われ、入選後に氏名と住所を通知するシステムでした。掲載時にも、本人の希望があれば匿名での発表も可能でした。樗牛は『平家物語』に登場する斎藤時頼（滝口入道）と横笛の悲恋を題材に小説を執筆し、応募規則に従い匿名で応募しました。

1894年4月、応募作品の中から1等賞に該当する作品はなかったものの、樗牛の作品『滝口入道』が2等賞に選出されました。33回にわたる連載が決定し、新聞紙上で大きな注目を集めることになります。

あらすじ：身分違いの恋と悲劇的な結末

物語の舞台は、平家全盛の時代。権力者の平清盛は、西八条殿で盛大な花見の宴を催します。この宴に、平重盛の部下である滝口武者の斎藤時頼も参加していました。そこで、時頼は建礼門院に仕える横笛の美しい舞に心を奪われます。

時頼は、横笛への想いを手紙に綴り送ります。多くの求愛者を持つ横笛でしたが、時頼の純粋な愛情に心を動かされ、愛を受け入れます。しかし、身分違いの恋は時頼の父に反対され、時頼は深い悲しみの中、横笛に告げずに家を出て出家を決意します。

嵯峨の往生院に入り「滝口入道」と名乗り、仏門に身をやつします。時頼を探し求めて各地の寺を尋ねる横笛は、ある夕暮れ、嵯峨の地で時頼の念誦の声を耳にします。しかし、時頼は修行の妨げになるとして横笛を帰します。さらに、女人禁制の高野山静浄院へ移った時頼。悲しみに暮れた横笛は、病に倒れ亡くなってしまいます。横笛の死を知った滝口入道は、より一層仏道修行に励み、やがて高野聖となります。

作品の舞台と歴史的背景

物語の舞台である嵯峨の往生院は、現在「滝口寺」と呼ばれ、時頼と横笛の悲恋を伝える史跡として残っています。また、滝口入道は後に高野山に移り、大円院の第8代住職を務めたと伝えられています。

映画化

1923年には、マキノ映画によって『瀧口入道 夢の恋塚』として映画化されました。監督は後藤秋声、斎藤時頼役に阪東妻三郎、横笛役に環歌子が扮しました。

まとめ

『滝口入道』は、歴史的事実とフィクションが交錯する、美しくも悲しい物語です。高山樗牛の繊細な描写と、時代背景を巧みに織り交ぜた構成は、読者に深い感銘を与え、日本の近代文学史に燦然と輝く作品となっています。この小説を通して、過去の日本の文化や歴史、そして人間の普遍的な感情に触れることができるでしょう。

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