潜水球

潜水球（バチスフェア）

概要

潜水球、またはバチスフェア（英語：Bathysphere）とは、自らの推進力を持たず、母船から強固なケーブルによって海中に降ろされる、球体の深海探査に用いられる特殊な潜水装置を指します。その名称「バチスフェア」は、ギリシア語の「βάθος」（bathos、深）と「σφαίρα」（sphaira、球）を組み合わせた言葉に由来しています。

開発と構造

潜水球のアイデアは、1928年にオーティス・バートンによって着想されました。最初の実用的な設計は、コックス＆スティーヴンス社に所属していたジョン・H・J・バトラーが担当しました。バートンが自身の「ダイビングタンク」の製作を依頼したのが、このコックス＆スティーヴンス社でした。装置の中核となる鋳鋼製の球殻部分は、ニュージャージー州ローゼルにあるワトスン・スティルマン水力機械社によって製造されました。

初期の試作品が実用化するには重すぎると判明した後、改良が加えられました。最終的に採用された設計は、厚さ1インチ（約2.54センチメートル）の鋳鋼で作られた、直径4.75フィート（約1.45メートル）の中空球体でした。球殻には、厚さ3インチ（約7.6センチメートル）の「熔解石英」製の窓が備え付けられました。これは、当時入手可能だった最も堅牢な透明素材でした。搭乗者の出入り口には、重さ400ポンド（約180キログラム）のハッチが設けられ、潜水前にはボルトで厳重に密閉される構造になっていました。

潜水球の内部では、生命維持システムが重要な役割を果たしました。呼吸に必要な酸素は、内部に持ち込まれた高圧ボンベから供給されました。また、内部の空気を清浄に保つため、二酸化炭素を吸収するソーダ石灰と湿気を吸収する塩化カルシウムを入れた容器の上で、電動ファンを用いて空気を循環させ、空気の質の維持を図りました。

運用方法と歴史的成果

潜水球を使用する際は、直径1インチ（約2.54センチメートル）の太いケーブルで船上から吊り下げられました。このケーブルと共に、硬質のゴム製ホースも使用されました。このホースは、潜水球への電力供給路となると同時に、搭乗者と水上のクルーとの唯一の通信手段である電話線を保護する役割も担いました。ケーブルやホースを含めた装置全体の排水量は、およそ1万ポンド（約4,500キログラム）に及びました。

潜水球を用いた深海探査の実現には、大規模な資金と組織的な支援体制が不可欠でした。このため、考案者のバートンは、当時すでに著名な探検家であり博物学者でもあったウィリアム・ビービに協力を求めました。両者の共同研究は実を結び、1930年6月6日、彼らは潜水球を用いた史上初の有人潜水に挑戦し、記録として803フィート（約245メートル）の深度に到達しました。

さらに探査を進めたバートンとビービは、1932年には当時として驚異的な3028フィート（約923メートル）という潜水深度の世界記録を樹立しました。この記録はその後15年間にわたり破られることはありませんでした。

限界と後継

しかし、深度が増すにつれて、潜水球を支える長大なケーブルの運用には様々な困難が伴うようになりました。ケーブルの重量や操作性は、さらなる深層への到達を目指す上での制約となったのです。このため、より深い場所への探査は、スクリューなどで自ら水中を移動できる、バチスカーフのような自己推進能力を持つ潜水艇によって担われることになりました。

現在

バートンとビービが使用した歴史的な潜水球は、現在、米国ニューヨーク州コニーアイランドにあるニューヨーク水族館にて展示されており、深海探査の黎明期を物語る貴重な遺産となっています。

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