潮干狩図

葛飾北斎筆 「潮干狩図」：重要文化財に指定された、北斎の繊細な描写と洋風画の影響が融合した傑作

「潮干狩図」は、江戸時代後期に活躍した巨匠、葛飾北斎による肉筆画です。1997年6月30日、北斎作品として初めて重要文化財に指定され、その芸術的価値の高さが認められています。

この作品は、浜辺で潮干狩りに興じる人々の様子を描写しています。遠方には、かすかに富士山を望むことができます。画面手前には、様々な年齢の女性や子供たちが生き生きと描かれており、それぞれの表情や仕草から、その場の活気と賑やかさが伝わってきます。着物の柄や色彩、人物の表情、そして貝を掘る仕草など、細部に至るまで北斎の精緻な描写が光る作品です。

特に、着物を着た女性3人の描写は注目に値します。年齢によって異なる着こなしや眉の描き方によって、それぞれの女性の年齢や関係性が巧みに表現されています。年配の女性が娘たちを連れて潮干狩りに来た様子が想像でき、見ている者に情感豊かな物語を感じさせます。

本作品の制作年代は、落款に用いられた印章「亀毛蛇足」の状態から推察されています。この印章は、北斎が享和3年（1803年）から文化10年（1813年）頃まで使用していたことがわかっています。「潮干狩図」に使用されている「亀毛蛇足」は、かなりの損耗が見られることから、文化3、4年～文化7、8年頃に制作されたと推測する説や、文化10年頃と推定する説など、複数の見解が存在します。

「潮干狩図」の背景には、わずかに富士山が描かれています。富士山と、松林のような植生から、駿河湾の海岸風景、もしくは品川沖の海岸風景であるという説が有力視されています。空は濃紺に染まり、ちぎれ雲が沸き立つように描かれるなど、西洋絵画の影響も見て取れます。人物の手足にも、その影響が確認できる箇所があり、北斎の幅広い画技の習熟を示唆しています。

北斎が文化3年（1806年）6月頃に木更津近辺を探訪した記録が残っており、この旅行が「潮干狩図」を含む、潮干狩りを題材とした一連の作品群の制作に影響を与えた可能性も考えられています。

「潮干狩図」は、北斎の繊細な人物描写と、洋風画の手法を取り入れた風景描写が融合した稀有な作品です。北斎の代表作である『冨嶽三十六景』のような壮大な風景画とは異なる、親しみやすく、そして奥深い魅力を湛えています。個人の蒐集家からの寄贈を経て、現在では大阪市立美術館に収蔵され、2016年の開館80周年記念展示会「壺中之展」で修復後初公開されました。

参考文献

浅野秀剛「北斎の肉筆画の印章について」『採蓮』1巻、千葉市美術館、1997年3月31日、13–35頁。
永田生慈『葛飾北斎の本懐』KADOKAWA、2017年。
日野原健司『富嶽三十六景』岩波書店、2019年。
舟橋萌絵「北斎の「笑らか絵」」『文明研究』 36巻、東海大学文明学会、2019年、113-163頁。
戸田吉彦『北斎のデザイン 冨嶽三十六景から北斎漫画までデザイン視点で読み解く北斎の至宝』翔泳社、2021年。
『版画芸術』 203巻、阿部出版、2024年。

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