澤瀉十種

澤瀉十種（おもだかじっしゅ）

澤瀉十種は、昭和50年（1975年）に当時三代目市川猿之助を名乗っていた人物（後の二代目市川猿翁）によって選定された、歌舞伎の澤瀉屋・市川猿之助家に伝わる代表的なお家芸の演目群です。この十種は、猿之助家が代々培ってきた独自の芸、特に舞踊劇やケレンを取り入れたスペクタクルな演出といった、その革新的な精神を象徴する演目から構成されています。

この十種の演目群は、祖父である二代目市川猿之助（後の初代市川猿翁）が自ら創作し、初めて舞台にかけた舞踊作品と、孫である三代目市川猿之助がこれらの作品やその他の演目に対し、自身の現代的な感性や演出技法を加えて創り上げた作品とによって成り立っています。祖父の築いた基盤の上に、孫が新たな息吹を吹き込んだ、まさに二代の「猿之助」の芸の結晶と言えるでしょう。

名称が「猿翁十種」と区別されている点も重要です。猿翁十種が主に初代市川猿翁（二代目市川猿之助）の芸の集大成であるのに対し、澤瀉十種は祖父と孫、二代にわたる「市川猿之助」の創作活動の成果であることから、屋号である澤瀉屋の名を冠し、一門全体の芸の核であることを明確にしています。これは、単に個人の偉業を称えるだけでなく、一門として受け継ぎ、発展させていくべき財産としての位置づけを示唆しています。

澤瀉屋の芸風は、古典の様式美を踏まえつつも、常に新しい表現や技術を取り入れることに積極的でした。特に二代目・三代目の猿之助は、宙乗りや早替わりといったケレンをはじめ、照明や音響を駆使した演出、複雑な群舞など、当時の歌舞伎では珍しい試みを数多く行いました。澤瀉十種に選ばれた演目には、こうした澤瀉屋独自の挑戦的な精神や、観客を飽きさせないエンターテイメント性が色濃く反映されています。これらの作品を通じて、観る者は猿之助家が追求してきた歌舞伎の新たな可能性を感じ取ることができます。

澤瀉十種を構成する具体的な演目は以下の通りです。

連獅子（れんじし）
三人片輪（さんにん かたわ）
檜垣（ひがき）
猪八戒（ちょはっかい）
浮世風呂（うきよぶろ）
釣狐（つりぎつね）
すみだ川（すみだがわ）
武悪（ぶあく）
二人知盛（ににん とももり）
夕顔棚（ゆうがおだな）

これらの演目は、それぞれに個性的な魅力を持つ舞踊劇であり、澤瀉屋の俳優たちによって今日まで大切に上演され続けています。澤瀉十種は、単なる過去の遺産ではなく、現在進行形の澤瀉屋の芸を理解する上で欠かせない重要なレパートリーと言えるでしょう。

関連項目

猿翁十種
猿之助十八番
猿之助四十八撰
歌舞伎のお家芸一覧

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