火の縄

あらすじ

『火の縄』は、戦国時代の丹後国を舞台に、細川藤孝・忠興父子、鉄砲の名手である稲富治介、そして忠興の妻である玉（後の細川ガラシャ）を中心に展開される歴史小説です。

物語は、丹後を治める細川家が、弓木城に余命を保つ一色義有の処遇を検討するところから始まります。藤孝の親友である明智光秀は、細川家が一色家に丹後の半国を譲る代わりに、義有が藤孝の娘・伊与を娶るという条件を提示します。伊与は嫁ぎ先で、鉄砲の名人である稲富治介と出会い、親交を深めます。しかし、義有は婿入りの儀式と称して宮津城に招かれ、忠興によって謀殺されてしまいます。弓木城も落城し、伊与は宮津に戻されます。

治介は鉄砲の腕を買われて助命されますが、忠興は彼を快く思わず、冷遇します。その後、本能寺の変で信長が討たれ、光秀も秀吉に倒されると、藤孝は光秀の娘である玉の存在が秀吉の勘気に触れることを恐れ、玉を三戸野の山中に幽閉します。忠興は治介に鉄砲で玉の退屈を慰めるように命じますが、玉は治介を相手にしません。

賤ヶ岳の戦いや小牧・長久手の戦いを経て、治介の鉄砲の腕前は秀吉の耳にも届き、秀吉は忠興に治介を大切にするように言います。しかし、忠興は治介を嫌悪し、彼を追放することもできず、苦々しく思います。秀吉の九州征伐後、治介に砲術の指南を依頼する大名が相次ぎますが、忠興は妻・玉のキリスト教への改宗を止めることができず、侍女に暴行を繰り返すようになります。

関ヶ原の戦いを前に、忠興は関東へ下ることになり、玉は忠興の命令を受けた稲富伊賀（治介）と共に大坂側の攻撃にさらされます。しかし、伊賀は忠興が残した「あいつの鉄砲はちょうど女子の警固に向いているわ」という言葉を思い出し、玉の警護を放棄して細川家を脱退します。

主な登場人物

稲富治介（稲富伊賀直家）: 一色家に仕える鉄砲の名手。ずんぐりとした体格で、野性的な風貌の持ち主。弓木城落城後は、鉄砲の腕を買われて細川家に仕えます。
細川忠興: 織田信長に認められ、丹後国を与えられた戦国大名。功名心が強く、猜疑心が強い人物。妻である玉を支配しようとしますが、うまくいきません。
玉（細川ガラシャ）: 忠興の妻で、明智光秀の娘。美しく教養がありますが、勝気な性格で、夫に屈することはありません。
細川藤孝（細川幽斎）: 忠興の父。古典に造詣が深く、和歌や茶の湯にも通じています。光秀とは親友の間柄でした。
伊与: 藤孝の娘で、一色義有に嫁ぎます。兄である忠興を恐れ、義姉である玉にも馴染むことができません。
一色義有: 丹後地方を古くから領有する一色家の大名。穏やかな性格で、人望があります。
小森万作: 一色家の家来で、弓木城から脱出する際に細川家に内通します。
小百合: 伊与の輿入れに従い弓木城に来た若い侍女。伊与の脱出の際も従います。

エピソード

著者の松本清張は、本作に先立ち、稲富祐直を主人公とする短編小説「特技」を1955年に発表しています。本作の最終節「稲富脱走」は、「特技」とほぼ同じモチーフで描かれています。小説家の阿刀田高は、「特技」に到るまでの経緯を付け加えたものが『火の縄』であると述べています。

文芸評論家の縄田一男は、本作の主人公である治介の設定について、初期作品に共通する「社会的な疎外を受けつつも心の奥底で激しい執念を燃やし続ける」ものであると評しています。

文学研究者の森豪と宮海峰は、本作を「強烈な自我を持った三人の衝突の物語」と捉え、治介、忠興、玉それぞれの自我の強さを指摘しています。特に、治介と玉の関係を、閉鎖的で強烈な自我を持つ者同士の主従関係であると分析しています。また、治介は最終的に技術に仕え、玉を見捨てますが、技術を呪うことで、彼が技術に仕えきっていなかったことを示していると述べています。

このように、『火の縄』は戦国時代の武将たちの葛藤や、人間の業を描いた重厚な歴史小説です。1383文字

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