火星兵団

火星兵団

『火星兵団』（かせいへいだん）は、日本のSF黎明期を代表する作家、海野十三によって著された長編SF小説です。この作品は、昭和14年（1939年）から翌15年（1940年）にかけて、当時の主要な新聞である『大阪毎日新聞』および『東京日日新聞』の小学生向け紙面にて連載されました。遥か宇宙から飛来した火星人による地球侵略計画を軸に、一人の少年と謎めいた火星人との遭遇、そして地球側の抵抗が描かれています。

敗戦後の昭和23年（1948年）に高志書房から復刊された際には、当時の社会情勢や検閲への配慮から、好ましくないと判断された「戦争」を想起させる題名や本文中の記述が変更されました。この改訂版は『火星魔』（かせいま）と改題され、内容の一部にも手が加えられています。

物語の概要

物語は、千葉県の片田舎に暮らす少年、友永千二が不可思議な火の玉が落下するのを目撃するところから始まります。火の玉の落下地点で千二が出会ったのは、「丸木」と名乗る異様な雰囲気の怪人物でした。丸木は人間とは思えない速度で千二を連れて移動し、街中で強盗殺人を犯して薬を手に入れようとするなど、常軌を逸した行動をとります。この事件に巻き込まれた千二は、丸木に置き去りにされて警視庁に逮捕されてしまいます。

しかし、千二は留置場から丸木の手引きによって脱出を果たすと、再び丸木と合流し、自動車での逃避行を繰り広げます。パトカーの追跡を振り切ろうとする中、車は芝公園近くの検問を強行突破し、高さ数十メートルもある崖下へと転落。千二と丸木は消息不明となってしまいます。

一方で、物語には著名な天文学者である蟻田博士が登場します。博士はラジオ番組で火星兵団の存在について発言したことで、世間からマッドサイエンティスト扱いされ、一時的に精神病院に収容されてしまいます。退院後、蟻田博士は千二の恩師である新田先生に、翌年の特定の時間にモロー彗星が地球に衝突するという驚愕の事実を告白します。これらの出来事が複雑に絡み合いながら、火星人の真の目的と地球の危機が明らかになっていきます。

主な登場人物

友永千二: 物語の中心となる少年。千葉県の村に住み、偶然火星人との接触を経験し、数奇な運命に巻き込まれる。
丸木: 千二の前に現れた謎の怪人物。その正体は地球人の奴隷化を目論む火星人であり、超人的な身体能力を持つ。千二に対しては不可解な優しさを見せることもある。
蟻田博士: 元大学名誉教授の著名な天文学者。火星の秘密を知り、地球を救うための研究を進める。自宅地下に火星人を匿い、密かに宇宙船などを開発する。
新田先生: 千二の理科の先生で、蟻田博士の元で学んだ経験を持つ。ロケット工学に詳しく、蟻田博士の研究を助ける。
大江山課長: 警視庁の捜査課長。火星人の脅威に立ち向かうため、部下を指揮するが、その力の前に苦戦を強いられる。
佐々: 大江山課長の部下の刑事。カレー好き。火星人のロケットを奪取するものの、自動操縦により火星へ向かってしまう。
ロロ公爵、ルル公爵: 蟻田博士によって保護されている火星人。反乱で命を落とした女王ラーラの子供たち。

他にも、火星の王族や地球側の科学者、軍人などが登場し、物語に深みを与えています。

主な登場メカ

ロケット（火星ボート）: 発表当時は夢物語であった宇宙旅行を実現する乗り物。火星人が使用するものは特に「火星ボート」と呼ばれます。
ロボット: 火星人が地球の環境に適応するために使用する歩行機械。胴体に手足と頭部が取り付けられた人型で、火星人が内部に入って操縦する、現代でいう「パワードスーツ」に近い存在です。丸木は特に精巧な専用機を使用し、擬態して地球社会に紛れ込みます。
電気帽: 火星人が地球人を洗脳し、操縦するために開発した特殊なヘッドギア。千二少年も一時的にその影響を受けます。
* 大空艇: 蟻田博士が極秘に建造した大型飛行艇。大気圏を突破して宇宙を航行する能力を持ち、「原子弾エンジン」と呼ばれる原子力推進機関を搭載していますが、応急的な部品も含まれており、時に不具合を起こします。

関連事項

本作は、H・G・ウェルズの『宇宙戦争』など、当時の海外SF作品の影響を受けつつ、独自の少年向けSFとして描かれています。また、作中には日本共産党の検挙や芝公園、日比谷公園といった具体的な地名、当時の技術や社会情勢を反映した描写が見られます。

『火星兵団』は、SFというジャンルが日本で根付き始めた時代において、少年読者層に科学への夢と冒険の楽しさを伝えた、海野十三の代表的な作品の一つと言えます。
後年の改題・改訂を経ながらも、その独創的な世界観とスリリングな展開は、今なお多くの読者を魅了しています。

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