灯籠鬢

灯籠鬢（とうろうびん）

灯籠鬢とは、江戸時代中期に一世を風靡した、日本髪における鬢（びん、顔の左右の髪を耳の横で張り出させた部分）の一種です。その名称は、石灯籠の笠を思わせるほど、顔の左右に大きく張り出した独特の形状に由来しています。

歴史と影響

灯籠鬢は、江戸中期に一大流行期を迎えました。この時期は、日本髪全体のスタイルが大きく変化する転換点となります。灯籠鬢の流行を境に、日本髪の鬓はますます大型化する傾向を強め、それとは対照的に、後頭部の髪をまとめた「つと」は控えめな形へと収斂していくこととなります。まさに、灯籠鬢の登場が、その後の日本髪の美意識や流行の方向性を決定づけたと言えるでしょう。

特徴的な結い方

灯籠鬢の最大の特徴は、その劇的な張り出しと、簾のように整えられた表面にあります。この張り出しを実現するために、当時の女性たちは鯨のひげなど、しなやかでありながら形を保持できる素材で作られた専用の型具を用いました。この型を鬢の内部に入れることで、髪を顔の側面から大きく離して固定したのです。さらに、表面の髪を細かく分け取り、まるで簾をかけたかのように整える独特の技法も灯籠鬢の重要な要素でした。

伝統的な鬢からの革新

灯籠鬢が登場する以前、日本髪の鬢は、髪を頭部に沿わせるように撫で付け、櫛の先などで筋目を入れるような比較的フラットなスタイル（例えば錦祥女鬢など）が一般的でした。しかし、灯籠鬢は型を用いるという革新的な手法を取り入れ、鬢の結い方に根本的な変化をもたらしました。これは、当時の女性たちの間で、より立体的で装飾性の高いヘアスタイルへの関心が高まっていたことを示唆しています。

鈴木春信との関わり

灯籠鬢が流行した時期は、江戸時代の美人画で名高い浮世絵師、鈴木春信が活躍した時代と重なります。春信は、その優美な画風で当時の女性たちの姿を数多く描きましたが、彼が好んで絵にした、いわゆる「春信風島田」と呼ばれる島田髷を結う女性たちの多くが、この灯籠鬢を合わせていたことが知られています。春信の描く灯籠鬢は、髪を通して背景がうっすらと透けて見えるような、その繊細で特徴的な質感がよく表現されており、当時の流行を視覚的に伝えています。当時の女性たちは、鯨のひげなどで作られた型を、自身の理想とする流麗な形に整えるために、蝋燭の火であぶるなどの工夫を凝らしていたと伝えられており、美への強いこだわりがうかがえます。

現代における灯籠鬢

現代において、この灯籠鬢が結われる機会は非常に稀です。これは、灯籠鬢を結うには、熟練した高度な技術が要求されることに加え、多量の鬢付け油といった整髪料を多用したり、前述のような特殊な器具が必要となったりするなど、非常に手間と時間のかかる複雑な結い方であるためです。しかし、江戸中期という特定の時代に、日本髪のスタイルに決定的な影響を与えた灯籠鬢は、日本の結髪史において重要な位置を占める特徴的な髪型と言えるでしょう。

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