無性愛

無性愛：性的魅力を感じない生き方

はじめに

無性愛とは、他者に対して性的な魅力を感じない、または性的な行為への関心や欲求が少ない、もしくは存在しない状態を指します。無性愛の性質を持つ人をアセクシュアル（Aセクシュアル）と呼びます。無性愛は、性欲の欠如である無性欲や、性的行為への嫌悪感である性嫌悪、性的欲求低下障害（HSDD）とは明確に区別されます。また、宗教上の信条などから禁欲を心がける純潔運動や不淫とは異なり、無性愛は個人の性的指向として理解されています。

無性愛の定義

無性愛の定義は多様であり、研究者や当事者間で若干の相違が見られます。一般的には「性的な惹かれや関心の欠如」と定義されますが、「性的な欲求が少ない、または無い人」「性的な行為が少ない、またはしない人」「恋愛関係のみを持つ人」「性的な欲求と行為の両方がない人」といった様々なニュアンスを含みます。重要なのは、本人が無性愛者であると自認しているかという点も定義に含まれることです。

無性愛者コミュニティでは、性的な惹かれを経験しないことを強調する定義が用いられることも多く、生涯にわたって無性愛であると自認する人が大多数です。しかしながら、セクシュアリティを探求する過程で一時的に無性愛と自認する人もいます。

無性愛者は、いかなるジェンダーの人にも性的に惹かれませんが、恋愛関係を持つこともあります。性的な魅力を感じるものの、性的な行為を必要とせず、恋愛的な身体接触を好む人もいます。自慰行為についても、必要性や欲求は個人差があり、性的な惹かれとは無関係に考えられます。性行為への感情も、無関心から強い嫌悪感まで様々です。

多くの無性愛者は、恋愛的・感情的な側面では異性愛、同性愛、両性愛、クィアなどの性的指向を自認する可能性があります。また、「アロマンティック（恋愛的に他人に惹かれない）」「バイロマンティック（恋愛的に両性に惹かれる）」「グレーA（場合によって恋愛的または性的な魅力を感じる）」といった、恋愛的側面に関する様々なアイデンティティを併せ持つこともあります。

無性愛コミュニティとシンボル

無性愛者コミュニティは、特にインターネットの普及によって活発に活動しています。最も有名な組織として、2001年に設立されたAsexual Visibility and Education Network (AVEN) が挙げられます。AVENは、無性愛の認知度向上やコミュニティ形成を促進しています。日本でも、asexual.jpなどのコミュニティが存在します。

2010年には、無性愛者のプライド・フラッグが制定され、プライドパレードなどでも使用されています。

無性愛の研究

無性愛の人口

無性愛者の人口比率については、様々な研究結果があり、明確な結論は出ていません。キンゼイ指標ではX分類として扱われ、成人男性の1.5%が該当するとされましたが、現代の定義とは異なるため、正確な比較は困難です。最近の研究では、人口の1%程度という推定がありますが、これは自己申告に基づく調査であり、実際の人口比率はさらに高い可能性があります。

無性愛のモデル化

無性愛のモデル化には、キンゼイ指標の修正や、性的な惹かれと性的な欲求を別軸で示すモデルなどが提案されています。しかし、無性愛の定義や測定方法に関する課題は残されています。

無性愛とHSDD、その他の性的指向との関係

無性愛は性的指向であるかどうかは議論の的となっています。性的欲求の欠如という点でHSDDと比較されることもありますが、HSDDは医療上の問題と捉えられるのに対し、無性愛は必ずしも障害とはみなされません。無性愛者は、自身の性的な感情について通常は苦痛を感じていません。無性愛は、生涯続く性的指向として理解されることが多いです。

無性愛は他の性的指向とは異なり、性的な惹かれの欠如を特徴としますが、無性愛を性的指向と捉える研究者もいます。無性愛は選択ではなく、発達段階で明らかになる傾向があると考えられています。

無性愛と精神衛生

一部の研究では、無性愛者が他の性的指向の個人よりも自己評価が低く、抑鬱や不安障害の割合が高い傾向にあることが示唆されています。しかし、この差が社会的な偏見や差別によるものか、生物学的な要因によるものかは明確には分かっていません。

無性愛の発生要因

無性愛の発生要因については、神経発達学的側面からの研究も始まっていますが、まだ十分な知見が得られていません。利き手や兄弟姉妹の数、指比などとの関連性が指摘されていますが、決定的な結論は出ていません。

差別と法的保護

無性愛者は、他の性的マイノリティと比べて、より強い偏見や差別を受けている可能性があります。社会的な理解不足や、LGBTコミュニティ内での偏見も課題となっています。法的保護についても、他の性的指向に比べて遅れていますが、一部の国では精神科医による治療の試みを禁止するなど、保護に向けた動きが見られます。

メディアでの扱い

メディアにおける無性愛の描写は、近年増加傾向にありますが、依然として少ないのが現状です。過去の作品では、無性愛的な人物像はしばしば誤解や偏見に基づいた描写がなされ、無性愛を病気や欺瞞と捉える表現も存在します。しかし近年は、無性愛者のキャラクターがより正確に、共感的に描かれる作品も出てきています。

日本における無性愛

日本においては、「非性愛者」や「ノンセクシュアル」といった用語も用いられ、無性愛者のコミュニティは独自の発展を遂げています。人口統計や研究、メディアでの取り上げ方も、欧米諸国と比較すると遅れていますが、近年は徐々に認知度が高まりつつあります。

結論

無性愛は、近年注目を集めつつある性的指向です。その定義や特徴、コミュニティ、研究、そして社会における位置づけについては、まだ多くの課題が残されています。しかし、無性愛者コミュニティの活動や、研究の進展によって、無性愛に対する理解は今後さらに深まっていくことが期待されます。

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