爾散南公阿波蘇

爾散南公阿波蘇：古代東北と朝廷をつないだ蝦夷の族長

爾散南公阿波蘇（にさな の あわそ）は、8世紀後半に活躍した古代東北地方の著名な人物です。生没年など詳しい出自は不明ですが、その名は『類聚国史』という歴史書に記録されており、古代日本の歴史を研究する上で重要な存在となっています。爾散南という地名は現在の岩手県あたりと考えられており、公という称号は、当時朝廷が蝦夷の有力者に与えた尊称でした。

阿波蘇は、同時代の胆沢の蝦夷の族長である阿弖利爲（あてりうい）とほぼ同時期に活躍したと推測されています。しかし、阿弖利爲が武力衝突を通じて朝廷と対峙した人物であったのに対し、阿波蘇は朝廷への帰順という異なる道を歩みました。

朝廷への帰順と歓迎

『類聚国史』延暦11年（792年）7月25日の記述によると、阿波蘇は朝廷への帰順を申し出ました。朝廷はこれを快く受け入れ、阿波蘇の入京を許可。さらに、国境付近まで300騎の兵を派遣し、盛大な歓迎の儀式を行ったことが記録されています。この歓迎ぶりは、朝廷が阿波蘇の帰順をいかに重視していたかを示すものと言えるでしょう。

興味深いのは、阿波蘇の帰順申し出の約半年前に、別の蝦夷の族長である阿奴志己（あぬしき）らが陸奥国府に帰順の意思を示していたにもかかわらず、朝廷は彼らを単に物資を与えて帰したのみであったことです。阿奴志己らの申し出と阿波蘇の申し出の間には、朝廷の蝦夷政策に変化が見られた可能性を示唆しており、阿波蘇の帰順が朝廷の東北地方支配戦略に影響を与えた可能性も考えられます。

入京と朝廷での待遇

同年11月3日には、阿波蘇は他の蝦夷の族長たちと共に長岡京に入京。朝廷において盛大な饗応を受け、荒ぶる蝦夷を朝廷に服従させた功績を認められ、蝦夷の中でも最高の位階を授与されました。天皇は、今後も忠誠を尽くすよう命じ、阿波蘇の帰順は朝廷にとって大きな成功であったと記録されています。

歴史的意義

爾散南公阿波蘇の事績は、当時の朝廷と蝦夷との関係、朝廷の東北地方支配政策を知る上で貴重な資料となります。阿波蘇の朝廷への帰順は、武力による支配ではなく、外交的な手段によっても東北地方の蝦夷を朝廷に服属させることが可能であったことを示しています。また、阿波蘇の朝廷における待遇は、朝廷が蝦夷の有力者を積極的に取り込もうとしていたことを示す傍証と言えるでしょう。

阿波蘇の生涯は、古代日本の歴史、特に東北地方の歴史を考える上で、重要な一石を投じるものです。彼の行動が、後の東北地方の政治状況にどのような影響を与えたのか、今後の研究が待たれます。 彼の存在は、武力征服だけでなく、交渉と協調によって築かれた複雑な歴史関係の一端を明らかにするものです。

参考文献

高橋崇『坂上田村麻呂』（新稿版）吉川弘文館〈人物叢書〉、1986年
樋口知志『阿弖流為 夷俘と号すること莫かるべし』ミネルヴァ書房〈ミネルヴァ日本評伝選 126〉、2013年

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