牧草地の聖母

『牧草地の聖母』（伊: Madonna del Prato, 英: Madonna of the Meadow）は、盛期ルネサンスのヴェネツィア派の画家ジョヴァンニ・ベッリーニが1500年から1505年頃に制作した油彩画です。ベッリーニ後期の傑作の一つとされ、牧草地に座る聖母マリアと、その膝の上で眠る幼子キリストを描いています。制作の経緯は不明ですが、かつてはマルコ・バサイティの作品とされていました。1928年に美術史家ゲオルク・グロナウによってベッリーニの作品と鑑定され、現在では広く認められています。

作品の詳細

聖母マリアは牧草地に座り、目を閉じて、膝の上で眠る幼子キリストを崇拝しています。この絵は、聖母が幼子を抱きながら地面に座る《謙譲の聖母》という様式に属していますが、幼子が眠っている点が特徴的です。ベッリーニが地面に座る聖母を描いた例は他にありません。聖母は青いローブを身につけ、安定した三角形を形成し、静けさと落ち着きを感じさせます。祈りを捧げる聖母は、両手の指を合わせ、楕円形の形を作り、その形は聖母の顔や髪の生え際の線と呼応しているようです。また、幼児キリストを見下ろす頭の角度は、右手の曲線を反映しています。頭部のわずかな傾きが、聖母の身体が作り出す安定した三角形のシンメトリーに動きを与えています。

ベッリーニは、絵画の意味を高めるために背景の風景を効果的に用いた最初のイタリア人画家の一人です。静止した聖母とは対照的に、背景の風景には動きが見られます。空に浮かぶさまざまな形の雲は天候の変化を示唆し、ポプラの木は風に揺れています。画面右側では、牛が頭をこすり合わせ、牛飼いがゆっくりと歩いています。画面左側では、翼を広げた白い鳥（コウノトリ）がヘビを威嚇しています。この描写は、ローマの詩人ウェルギリウスの『農耕詩』の一節を引用していると考えられています。そこでは、ブドウの苗を植えるのに最適な季節の一つとして春が挙げられ、ヘビの宿敵であるコウノトリが飛来する季節として歌われています。おそらくベッリーニは、キリスト教における悪の象徴としてのヘビと、それを捕食するコウノトリを描くことで、善と悪の闘いを暗示しているのでしょう。また、画面右端の古典的な祭壇と羊、画面左上の樹木の枝にとまっているハゲタカなど、風景の背景に描かれた細部にも象徴的な意味が込められています。ハゲタカは死を象徴していると考えられています。

画面全体を覆う淡い光は、春の季節を暗示しています。ベッリーニは、光が物体や自然の様子にどのように影響するかを注意深く研究した、ヤン・ファン・エイクやディルク・ボウツなどの北方ルネサンスの画家たちに影響を受けていると考えられます。

眠っている幼子キリストは、ゴルゴダの丘での磔刑後、十字架から降ろされたキリストの遺体が聖母の膝に横たわる「ピエタ」の場面を予見している可能性があります。ベッリーニが、鑑賞者に「ピエタ」や「哀悼」の図像を連想させようとしたのは確かでしょう。同時に、ベッリーニは絵画の中に希望の感情をも喚起させています。春の風景は、自然の再生とキリストの復活を祝う復活祭（イースター）の季節であり、激しい宗教的情熱を喚起する絵画の需要が高まっていた時代背景の中で、ベッリーニは、神聖な人物と鑑賞者の個人的な結びつきを強めるために、風景を効果的に用いたのです。

絵画は、絵具の損失や劣化が見られ、ディテールのいくつかは薄くなり、下の絵具層が透けて見える箇所もあります。

来歴

この作品は、1858年にナショナル・ギャラリーがイタリアの画家アシル・ファリーナからマルコ・バサイティの作品として購入しました。かつては、ベッリーニの助手または追随者（2人のマルコ・バサイティ、ヴィンチェンツォ・カテナ、フランチェスコ・ビッソロ）の作品とされていました。ニューヨーク州オニオンタのイェーガー美術館には、ベッリーニの工房作による小型のヴァリアントが所蔵されています。

ギャラリー

ベッリーニは、眠るキリストを礼拝する聖母像を頻繁に描きました。

脚注

参考文献

ウェルギリウス『牧歌・農耕詩』河津千代訳、未來社（1981年）

外部リンク

ナショナル・ギャラリー公式サイト, ジョヴァンニ・ベッリーニ『牧草地の聖母』

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