物くさ太郎

物くさ太郎：怠け者から神へ至る波瀾万丈な人生

『物くさ太郎』は、日本の古典文学である『御伽草子』に収録されている物語です。信濃国を舞台に、極度の怠け者として知られる主人公・物くさ太郎の驚くべき人生を描いています。作者や成立年代は不明ですが、近世に成立したという説が有力視されています。

物語は、信濃国つるまの郡あたらしの郷に住む物くさ太郎の日常から始まります。彼は粗末な小屋に住み、働かず寝転がっているだけの怠け者でした。ある日、人からもらった餅を食べることもせず、手から滑り落ちた餅を、通りかかった地頭・左衛門尉のぶよりに拾わせるという傍若無人な行動に出ます。この様子に怒りよりも興味を持ったのぶよりは、近隣の者に物くさ太郎への食事の提供を命じます。

それから三年後、信濃国司が都へ人夫を派遣することになり、百姓たちは嫌がる人夫の役目を物くさ太郎に押し付けようとします。都へ行くことで美しい女性と結婚できると説得され、渋々承諾した物くさ太郎は、都へ向かいます。

しかし、都では一転して働き者となり、国司に気に入られ、当初三ヶ月予定だった人夫の仕事は七ヶ月、更に十一ヶ月にも及びます。信濃へ帰る途中、妻を得る方法を宿屋の亭主に尋ねた物くさ太郎は、「辻取り」を勧められます。清水寺で美しい女性を捕まえようとするものの失敗し、謎解きの和歌を手がかりに豊前守の邸宅に忍び込みます。そこで出会った侍従の局と恋に落ち、結ばれます。

侍従は侍女に命じ、物くさ太郎を徹底的に綺麗にし、着飾らせます。見違えるほどに美しくなった物くさ太郎は、豊前守との面会で「うたの左衛門」と名乗るようになります。さらに帝の召し出しを受け、和歌の才能を披露します。その才能と、調べられた彼の出自（深草の帝の後裔）により、信濃の中将に任命され、領地を与えられます。

物くさ太郎は侍従とともに信濃へ戻り、のぶよりに領地を治めさせ、つるまの郷に住みます。その後、子孫繁栄し、百二十歳で神となり、「おたかの大明神」として祀られます。侍従の局も「あさいの権現」として神となりました。

物語の解釈をめぐっては様々な議論があります。主人公の怠惰さや、最終的な神への昇格といった展開は、中世の本地物（神が人として現れ、後に本性を現す物語の類型）を踏襲していると考えられます。しかし、近世的なユーモアやパロディ的な要素も含まれており、成立年代や元々の物語の原型については未だ議論が続いています。

『三年寝太郎』といった類似の話の存在や、物語中に登場する和歌の起源なども考察されており、口承伝承からの発展や、複数の要素が混ざり合った結果、現在の『物くさ太郎』が成立したという見方もあります。

長野県松本市新村地区には、物くさ太郎の生誕地と伝えられる場所があり、銅像や祭りも存在します。これらの伝承は、物語が人々の心に深く根付いていることを示しています。

また、折口信夫は『御伽草子』とは異なる『物くさ太郎』の異伝を紹介しています。これは狐が人間の女性に化けて男と暮らし、正体がばれて去っていくという狐に関する物語で、物くさ太郎の名前が、地方の有名人の名前に付けられただけではないかとの考察を提示しています。

『物くさ太郎』は、怠け者から神へと劇的な変化を遂げる主人公の物語として、人々の興味を引きつけてきました。その成立年代や原型は謎に包まれていますが、様々な解釈や伝承が今も語り継がれる、魅力的な物語です。物語のユーモラスな展開と、意外な結末は、現代の読者にも新鮮な驚きを与えてくれるでしょう。

もう一度検索