狐笛のかなた

『狐笛のかなた』（こてきのかなた）は、日本のファンタジー作家・上橋菜穂子による長編小説です。理論社より刊行され、後に新潮文庫からも出版されました。装画およびイラストは白井弓子が手掛けています。

概要

本作は、上橋菜穂子の作品としては、『月の森に、カミよ眠れ』以来となる、日本を舞台とした物語です。その質の高さは高く評価され、第42回野間児童文芸賞および第51回産経児童出版文化賞推薦を受賞しました。また、2009年には劇団「風ノ環～fu-ring～」によって舞台化され、この公演は同劇団の旗揚げ公演となりました。2011年には新歌舞伎座でも舞台化されています。

世界観

物語は、古き日本の風景を背景に展開します。そこには、人間の心を感じ取る＜聞き耳＞の能力を持つ者や、＜あわい＞と呼ばれる空間に棲む霊獣など、日本古来の伝承や信仰に基づいた霊的な要素が深く織り込まれています。これらの要素が物語の進行において重要な役割を果たします。

あらすじ

主人公は、12歳の少女・小夜。ある夜、森で猟犬に追われ傷を負った子狐を助けます。この子狐は、人間である呪者によって使い魔にされてしまった霊狐でした。この出来事をきっかけに、小夜と霊狐は、隣り合う二つの国に古くから根差す因縁と、それに伴う呪いの渦へと深く巻き込まれていくことになります。

用語解説

霊狐（れいこ）: 現世と神の世の狭間にある霊的空間＜あわい＞で生まれた霊獣。生まれながらに霊力を持ち、人や狐火に姿を変えることができます。しかし、その霊力ゆえに、人間の呪者によって強制的に使い魔とされてしまう存在です。
呪者（じゅしゃ）: 人間の霊能力者であり、かつて神々を祀っていた一族の子孫のみがその力を受け継ぎます。霊狐を含む霊獣を「使い魔」として従わせる力を持つ一方、その絶大な霊力の使用は使用者の寿命を削るため、彼らの人生は非常に短命です。各国には領主直属の呪者が存在するほど、その力は重要視されています。
使い魔（つかいま）: 呪者によって霊獣が強制的に従属させられた存在です。感情や理性は残りますが、主である呪者に命を握られているため、命令には従わざるを得ません。物語では主に霊狐が登場します。
聞き耳（ききみみ）: 別名「心の目」とも呼ばれる特殊能力。他者の思考や感情、さらには強い力を持つ者であれば草木や動物の念までも感じ取ることができます。遺伝によって受け継がれる能力であり、一部の者のみが生まれながらに備えています。
葉陰（はかげ）: 武者が己の魂を呪者に捧げることで、「獣の心と強さ」を宿した存在です。敵国に潜入し、諜報活動などを行います。
狐笛（きつねぶえ）: 霊狐を使い魔とする際に用いられる笛。霊狐の毛と土を焼いて作られます。普段は主が使い魔を招集するために使われますが、傷ついた霊狐に対して、自らの命（あるいは寿命）と引き換えに治癒させる力も持ちます。ただし、この力を行使した者は、人間とも霊狐とも異なる存在になってしまいます。
＜オギ＞の術: 「海の彼方にあった国」から伝わったとされる古代の術。特定の人物や区域を強力に守護する力があります。
闇の戸（やみのと）: 霊狐が＜あわい＞と現世を行き来するために利用する、空間の裂け目です。物理的な穴ではなく、視覚的に認識しようとすると見えなくなるような、不安定な存在です。内部には生物の精気を吸収する靄が満ちており、霊力者は呪術によって開閉することが可能です。

主な登場人物

小夜（さよ）: 本作の主人公。幼少期に母を失い、綾野に育てられます。優れた＜聞き耳＞の才能を持ち、12歳の時に野火と小春丸に出会ったことから物語が始まります。
野火（のび）: ＜あわい＞で生まれた霊狐。湯来ノ国の呪者・久那の使い魔にされています。物語開始の4年前に重傷を負い、小夜と小春丸に助けられます。
小春丸（こはるまる）: 有路ノ春望の息子。幼い頃から森陰屋敷に幽閉されていましたが、脱走した際に小夜と出会います。行動力があり、わんぱくな性格です。
大朗（だいろう）: 有路ノ春望に仕える武者であり、＜オギ＞の術の使い手。かつて小夜の母と親交があり、母の死後、小夜の過去を封印しました。
有路ノ一族: 春名ノ国を統治する一族。現当主は春望。隣国・湯来ノ一族とは長年争いが絶えません。
湯来ノ一族: 湯来ノ国を統治する一族。現当主は盛惟。春名ノ国とは敵対関係にあります。
久那（くな）: 湯来ノ盛惟に仕える呪者。野火らを使い魔として操り、春名ノ国への干渉を行います。非常に強い霊力を持ちますが、そのため短命です。

主な地名

春名ノ国（はるなのくに）: 有路ノ一族が統治する国。美しい自然に恵まれていますが、湯来ノ国との関係は緊張しています。
湯来ノ国（ゆきのくに）: 湯来ノ一族が治める、春名ノ国の西隣に位置する国。若桜野の領有権を巡り、春名ノ国と対立しています。
若桜野（わかさかの）: 両国の国境にある美しい土地。かつて威余大公家の管轄でしたが、有路ノ雅望の功績により春名ノ国の領土となったため、両国間の対立の大きな要因となっています。
夜名ノ森（やなのもり）: 春名ノ国北東部に広がる森林地帯。森陰屋敷や夜名ノ里があります。
＜あわい＞: 現世と神の世の境界にある、霊的な存在が棲まう空間です。常に薄暗く湿っています。

書籍情報・舞台

書籍: 理論社版（2003年）、新潮文庫版（2006年）が出版されています。
舞台: 2009年に劇団「風ノ環～fu-ring～」、2011年に新歌舞伎座でそれぞれ上演されました。

本作は、壮大な世界観と魅力的な登場人物、そして日本的な霊性の描写が光る、上橋菜穂子らしい深みのあるファンタジー作品です。

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