狗張子

『狗張子（いぬはりこ）』は、江戸時代元禄5年（1692年）に刊行された、浅井了意（あさいりょうい）による仮名草子です。全7巻、45編の物語から構成されており、同作者による『伽婢子（かひこ）』の続編として位置付けられています。

『伽婢子』の続編の執筆は元禄3年（1690年）に開始されましたが、了意は元禄4年（1691年）に急逝、原稿は未完のままとなりました。そのため、本書は了意の遺稿を、京都の書肆・林九兵衛（はやしくへえ）が出版したものです。この経緯は、本書の出版に関わった林義端（はやしぎたん）の序文に詳細に記されています。

『狗張子』は、『伽婢子』と同様に、中国の怪異小説集を主要な題材としています。しかし、単なる翻案にとどまらず、舞台や登場人物の名前を日本風に置き換えることで、独自の物語世界を構築している点が特徴です。時代設定としては室町時代や戦国時代が多く、今川家や武田家といった大名の家臣を主人公とした物語も複数収録されています。例えば、巻之二には今川家の家臣である交野忠次郎が登場する物語、巻之六には武田家の家臣である板垣信形が登場する物語がそれぞれ収録されています。これらの物語を通して、当時の日本社会の様子や人々の生活、そして歴史的事件なども垣間見ることができます。

中国の古典を下敷きにしつつも、日本の歴史や文化を巧みに織り交ぜることで、読者に新たな驚きと発見をもたらす作品となっています。単なる怪異譚としてだけでなく、歴史小説や時代小説としても楽しめる、奥深い魅力を秘めた作品といえるでしょう。

『狗張子』は、現代においても多くの読者を魅了し続けている作品です。それは、了意の優れた物語構成力、そして時代を超えて普遍的なテーマを扱っていることによるものと考えられます。例えば、本書巻之三に収録されている隅田宮内卿の話は、後に『飯食い幽霊』として知られる怪談の原型にもなっています。

『狗張子』は、『伽婢子』と並んで、江戸時代の怪異小説を代表する作品の一つとして、その価値を高く評価されています。中国の古典小説『剪灯新話』などの影響も認められますが、了意独自の解釈と表現によって、新たな魅力を創造している点が注目されています。了意の優れた筆力と、独自の着眼点によって生み出された『狗張子』は、現代の読者にも多くの示唆を与えてくれる、貴重な文学遺産と言えるでしょう。

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