猫楠

『猫楠』：猫が見た天才の生涯

『猫楠』（ねこぐす）は、漫画家・水木しげるによる作品で、1991年から1992年にかけて『ミスターマガジン』（講談社）で連載されました。この作品は、実在の粘菌学者・南方熊楠の生涯を、彼の飼い猫「猫楠」を狂言回しとして描いた伝記漫画です。

概要

本作は、単なる伝記にとどまらず、水木しげるならではの独特な幻想的な表現が随所に散りばめられています。南方熊楠という人物の特異な魅力を、猫の視点を通して描くことで、より深く、そして親しみやすく伝えているのが特徴です。水木しげる自身も、熊楠の人間性に魅了され、本作以外にも熊楠を題材にした作品を制作しています。また、連載中に水木しげるは紫綬褒章を受章しており、その授章式では、熊楠が昭和天皇に講義を行った際のスタイルを真似た燕尾服とシルクハットで出席したというエピソードも残っています。さらに、水木しげる夫妻が園遊会に招かれた際、秋篠宮文仁親王が『猫楠』を読んだ感想を述べたという逸話も、この作品の注目度の高さを物語っています。

あらすじ

物語は、田辺の町に現れた一匹の野良猫が、喜多幅医院で南方熊楠と出会う場面から始まります。熊楠は、一見すると奇妙な人物ですが、実は世界的に有名な学者で、現在は粘菌の研究に没頭しています。大の猫好きである熊楠は、その野良猫を「猫楠」と名付け、共に生活することになります。猫楠は、熊楠の日常を観察し、時にコミカルに、時にシリアスに、その生活を彩っていくのです。

登場キャラクター

主要人物

南方熊楠

14年間の海外留学を経て和歌山県田辺町に移住。粘菌の研究に熱心に取り組み、神社合祀反対運動や神島などの自然保護運動にも尽力しました。孫文、木村駿吉、柳田國男など、多くの著名人と親交があり、晩年には昭和天皇へのご進講も行っています。18ヶ国語を操る才能を持ち、作中では猫語や幽霊語も理解しています。

喜多幅武三郎

熊楠の親友であり、主治医。熊楠に結婚を勧め、田村松枝を紹介しました。

川島草堂

画家。かつては川島破裂と名乗っていました。死の間際に、自身の吐血で鶏頭の花を描いたという逸話があります。

毛利清雅

牟婁新報を発行し、和歌山県会議員も務めました。

小畔四郎

郵船の社員であり粘菌研究者。熊楠の弟子第一号です。

多屋勝四郎

熊楠を神島へと案内しました。

鈴木新五郎

熊楠の子分で、天皇へのご進講に必要な「海にすむクモ」の採取に協力しました。

南方常楠

熊楠の実弟ですが、金銭トラブルにより絶縁状態にありました。

南方松枝

熊楠の妻。闘鶏神社の田村宗造の四女で、一男一女をもうけました。

南方熊弥

熊楠の長男。受験時に精神を患い療養生活を送りました。

南方文枝

熊楠の長女。病床の熊楠から署名入りの今昔物語を遺品として渡されました。

猫

作中に登場する猫たちは、人語を理解する能力を持っています。

猫楠

本作の狂言回し。元は野良猫でしたが、熊楠に飼われることになり、「幸福観察猫」としての役割を担います。

花子猫

猫楠のガールフレンドで、後に猫楠と共に熊楠に飼われることになります。

金華猫

中国に伝わる化け猫で、熊楠の家で暮らしていましたが、やがて旅に出ました。

ねずみ猫

ねずみに似た外見を持つ不思議な猫。魔女と行動を共にし、人語を操ります。

関連作品

『猫楠』以外にも、水木しげるは南方熊楠を題材とした作品を複数制作しています。

快傑くまくす（1973年、『漫画サンデー』掲載）

熊楠の海外での活躍を描いた作品です。

怪少年 第1章 くまくす生れる（1991年執筆、雑誌未発表）

熊楠の幼年期を描いた作品です。

てんぎゃん（1995年、『漫画サンデー』掲載）

熊楠の少年時代を描いた作品です。

単行本

『猫楠』は、以下の単行本として刊行されています。

『猫楠　南方熊楠の生涯』 講談社、全2巻
上巻、1991年12月、ISBN 4-06-326901-9
下巻、1992年02月、ISBN 4-06-326902-7
『猫楠　南方熊楠の生涯』 角川書店〈角川ソフィア文庫〉、1996年10月、ISBN 4-04-192907-5
『猫楠 他』 講談社〈水木しげる漫画大全集〉、2014年1月、ISBN 978-4-06-377526-6
『快傑くまくす』、『怪少年』、『てんぎゃん』を併録しています。

『猫楠』は、水木しげるの独特な視点と画力で、南方熊楠という偉大な人物の生涯を魅力的に描いた傑作です。猫の視点から描かれる熊楠の人間性や、水木しげるらしい幻想的な世界観は、多くの読者を魅了しています。

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