獲麟

獲麟 - 『春秋』と孔子の歴史観

『春秋』は、中国古代の歴史書として知られていますが、その最終記述は、後世に「獲麟」として広く知られる出来事です。この出来事は単なる歴史的事実ではなく、孔子の思想や歴史観を理解する上で重要な意味を持っています。

魯哀公十四年（紀元前481年）、魯国の西方にある大野沢で狩りが行われました。その際、魯の重臣・叔孫氏に仕える御者の鉏商が、奇妙な生き物を捕獲しました。この生き物は、見たこともない異様な姿をしていたため、捕獲した者たちは気味悪がり、狩場の管理人に押し付けてそのまま帰還したのです。

しかし、この生き物を見た孔子は、その姿が太平の世に現れるとされる聖獣・麒麟であると認識しました。麒麟は、平和と繁栄の象徴であり、乱世においては決して現れることのない神聖な存在です。それゆえ、太平とは程遠い時代に麒麟が現れたという事実は、孔子にとって衝撃的な出来事だったのです。

さらに、麒麟を捕獲した人々が、その神聖な姿を不気味なものとして扱ったという事実は、孔子の絶望を深めました。孔子は、長年かけて『春秋』を編纂し、歴史の記録を通して道徳や政治の理想を訴えてきました。しかし、麒麟の出現とその後の扱いという異常事態は、孔子のこれまでの努力が虚しいものだったのではないかという、深い絶望感を抱かせたのです。

この絶望感から、孔子は『春秋』の編纂を終了することにしました。麒麟の捕獲という出来事が、『春秋』の終章を飾ることとなったのです。これは、単なる歴史の終焉ではなく、孔子の理想と現実の乖離、そして歴史観の転換を示す出来事として捉えることができます。

その後、麒麟の出現は、しばしば瑞祥として語られるようになりました。しかし、唐の韓愈は『獲麟解』において、瑞祥に頼る為政者を批判しています。韓愈は、麒麟の出現を、単なる自然現象として捉え、為政者はそれに頼るのではなく、自ら政治を行うべきだと主張したのです。

「獲麟」は、『春秋』という歴史書の終わりを示すだけでなく、孔子の歴史観、そして為政者への警鐘を示す象徴的な出来事と言えます。太平の世の象徴である麒麟の出現、そしてその後の扱いを通して、私たちは歴史と現実、理想と現実の狭間で揺れ動く人間の姿を垣間見ることができるのです。孔子の心情、そして後世の人々による様々な解釈を通して、「獲麟」は、単なる歴史的事実を超えた、多様な意味を持つ出来事として、私たちに語りかけてきます。

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