環境人文学

環境人文学：人間と自然の新たな関係性を求めて

環境人文学(Environmental Humanities)は、自然科学的なアプローチだけでは解明できない、人間と自然のかかわりを人文科学的な視点から探究する学際的な分野です。環境問題を、歴史的背景、文化、倫理、価値観といった多様な角度から分析することで、その本質に迫ろうとする試みと言えるでしょう。

環境問題への新たなアプローチ

従来の環境学が主にデータや統計といった実証的な手法を用いるのに対し、環境人文学は定量化が難しい側面に焦点を当てます。例えば、歴史的経緯、民族誌的考察、文学作品における自然描写、環境倫理といった要素を研究対象とします。1960年代から始まった人文科学的な環境問題研究は、2010年代以降、分野を横断する学際的な取り組みによって、環境人文学という新たな学問分野を形成しました。

環境人文学は、自然と人間、自然と文化といった単純な二項対立を超えたアプローチを特徴としています。これは環境に関する他の学術分野にも共通する視点であり、各分野の協働研究が盛んに行われています。この学際性は、単なる情報交換にとどまらず、環境問題に対する革新的なアプローチを生み出す実験場としての役割も担っています。作家と学者のコラボレーションも多く見られるのも、環境人文学の特徴と言えるでしょう。

多様な分野の融合

環境人文学は、環境問題の根底にある歴史、文化、価値観の問題に注目します。科学技術が自然に関する知見を提供する一方、環境人文学は、人間がどのような自然観を持ち、どのような自然を求めているのかを研究します。文化によって異なる自然観を比較検討することも、重要な研究テーマです。

21世紀に普及した「人新世」という概念とも密接に関連しています。人類の活動が地球環境に地質学的規模で影響を与えているという認識が広がり、文化と自然を切り離すことなく環境問題を考える必要性が共有されるようになりました。

環境人文学を構成する分野は多岐に渡り、環境人類学、環境心理学、環境言語学、環境社会学、環境史、エコクリティシズム（環境文学研究）、環境教育、環境コミュニケーション研究、環境メディア研究、環境宗教学などが含まれます。研究者によって分野の構成は異なり、花びらで分野の重なり合いを表す図式などが作成されています。

人間観の再考とマルチスピーシーズ民族誌

環境人文学が学際的な研究を推進する理由の1つに、「人間観」の再考があります。「人間」という概念は、環境における行為者として自明視されることが多いですが、環境人文学では、人間観を多様な視点から捉え直し、その表現方法を模索します。「人文学」そのものの概念を再検討する役割も担っていると言えるでしょう。

人間観の再考の一環として、人類学や生物学との学際的研究も進められています。例えば、「コミュニケーション」という概念を人間以外にも拡張し、人間と他の生物種、人間と場所や物体との相互作用を考察する「マルチスピーシーズ民族誌」のアプローチが注目されています。これは、人間と共生する微生物、ウイルス、動植物など、多様な生物種間の関係性を研究するものであり、環境人類学やポストコロニアル理論とも連携しています。

文芸作品と環境人文学

環境人文学は、ネイチャーライティングや環境文学とも密接に関連しています。ネイチャーライティングは、自然環境と人間の関係を描いた文学作品であり、アメリカでは19世紀中頃から盛んになり、自然保護運動の隆盛にも繋がりました。レイチェル・カーソンの『沈黙の春』は、自然保護に公害対策を含む地球環境全体の保全という考え方を広めました。1970年代以降は「エコクリティシズム」という用語が使われ始め、1990年代以降は環境と文学に関する学際的な学術会議や学術誌も創刊されるようになりました。

気候変動と都市

地球温暖化などの気候変動問題においても、学際的な研究は不可欠です。自然科学的な視点からの温室効果ガス削減だけでは不十分であり、政治的、社会的、文化的、感情的な側面も考慮する必要があります。

人間観の再考は、人間のアイデンティティと深く結びついた都市空間にも向けられます。伝統的には自然のない空間と見なされてきた都市も、人間以外の生物が生息する新たな生態系として捉え直されています。都市農業、アーバニズム、バイオフィリック・デザインといった概念が、この新たな視点と関連しています。

環境人文学の研究史

環境人文学は、1960年代から続く環境問題に関する学際的研究の蓄積の上に成り立っています。1970年代の環境哲学、1980年代の環境史、1990年代のエコクリティシズムといった研究潮流がその基盤となっています。水俣病問題に関する総合調査なども、環境人文学の先駆的な取り組みとして挙げられます。

オーストラリアでは2004年から「生態人文学」の研究が進み、2012年には『Environmental humanities』、『Resilience: A Journal of the Environmental Humanities』といった学術誌が創刊され、環境人文学の国際的な発展に大きく貢献しました。また、アイスランドをフィールドとした大規模な分野横断的研究プロジェクトなども開始されています。

環境人文学は、自然科学や政策決定に人文科学的知見を積極的に提供することで、持続可能な社会の実現に貢献しようとしています。今後も、様々な分野との連携を深めながら、人間と自然の新たな関係性を模索し続けることが期待されます。

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