エコクリティシズム

エコクリティシズム：文学と環境の交差点

エコクリティシズムは、文学作品と自然環境との複雑な関係性を解き明かす学際的な研究分野です。環境文学研究とも呼ばれ、20世紀後半の深刻化する環境問題を背景に発展しました。その目的は、文学や文化研究の知見を活かし、人間と自然の相互作用、環境問題へのより深い理解に貢献することです。

エコクリティシズムの定義と起源

エコクリティシズムは、文学作品を分析することで、人間と自然の相互作用を解明することを目指します。その方法論は、19世紀以降の近代的な文芸批評に根差しながらも、環境倫理や生態学、社会学など、多様な分野の知見を取り入れています。

この分野の端緒を開いたのは、1970年代のアメリカです。ジョセフ・W・ミーカーの『喜劇とエコロジー』（1972年）で「文学エコロジー」という概念が登場し、続いてウィリアム・ルーカートが1978年の論文で「エコクリティシズム」という用語を初めて用いました。ルーカートは、エコクリティシズムを、エコロジーの概念を文学研究に応用する試みとして定義しました。その後、より広い意味での「文学と自然界の関連性」という定義も広く受け入れられるようになりました。

従来の文学研究では「世界」という概念はしばしば社会と同義とされてきましたが、エコクリティシズムでは、世界を全ての生態系を含む、より広範な概念と捉えます。

主要な研究対象

エコクリティシズムでは、多様な芸術作品を研究対象とします。

ネイチャーライティング

人間中心主義への批判的視点から、ネイチャーライティングの作品が頻繁に分析されてきました。特に20世紀以降は、作家と自然環境の直接的な関わりをリアリズムで描写した作品が注目を集めています。ジョン・ジェームズ・オーデュボンの『アメリカの鳥類』やヘンリー・デイヴィッド・ソローの『ウォールデン』などは代表的な例です。また、ハーマン・メルヴィルの作品も、エコクリティシズムの観点から再評価されています。

場所の感覚

人間が特定の土地と結びついて感じる感情や身体反応を「場所の感覚」と呼びます。エコクリティシズムでは、この「場所の感覚」が、人間と自然の関わりを理解する上で重要視されます。ウルズラ・K・ハイザやカレン・ソーンバーらの研究は、「場所」の概念を政治的、社会的な文脈まで拡張し、土地の所有、奪取といった側面も取り上げています。定住を重視するウォレス・ステグナーやゲイリー・スナイダー、移住を重視するジョン・ミューアやエドワード・アビーといった作家たちの作品も、この文脈で分析されています。

環境詩学

環境詩学は、詩と環境の関連性を考察するアプローチです。環境保護のための訴えではなく、「住まう」という経験を重視し、自然環境の静寂なども表現の対象とします。ロマン派の詩人の環境意識なども研究対象となります。

先住民文化

先住民の自然観は、人間と自然の共存関係を考える上で重要な指標となります。初期の研究はアメリカ先住民を中心に進められましたが、近年は世界各地の先住民の文化（チカーノ、カナダ先住民、アイヌ、アボリジニなど）が研究対象となっています。先住民の文化の中には、天災や疫病を物語として継承する文化があり、その語りを通して人間と自然の関わり、異なる文化間の環境観の違いなどが明らかになります。

汚染の言説

「汚染の言説」とは、有毒物質や環境汚染に対する不安や恐怖を表現する言葉、及びその生成プロセスについての分析を指します。ローレンス・ビュエルの研究がその端緒を開き、ヘンリック・イプセンの『民衆の敵』からレイチェル・カーソンの『沈黙の春』、石牟礼道子の『苦海浄土』、原爆文学、チェルノブイリ事故を扱った作品など、さまざまな作品が分析対象となります。

災害

エコクリティシズムでは、自然災害をテーマとした文学作品も研究対象です。古典的な作品から現代の作品まで、災害が人間社会に与える影響、人間の環境への影響などを多角的に考察します。

ユートピアとディストピア

サイエンス・フィクション（SF）やスペキュレイティブ・フィクションは、未来や架空の世界を描写することで、現代社会の環境問題を浮き彫りにします。ユートピアとディストピアという対照的な世界観を通して、人間と自然の関係、技術革新の光と影が分析されます。

ポストヒューマン

ポストヒューマンの概念やポストヒューマニズムの思想は、人間の主体性や人間と自然の境界について再考する上で重要です。エコクリティシズムにおいても、ポストヒューマン的な視点から文学作品が再解釈されています。

近世以前の文献

古代の文献にも、自然に関する記述が見られる場合、エコクリティシズムの研究対象となります。ギルガメシュ叙事詩、プラトンの著作など、古代における環境問題、人間と自然の関わりについての考察がなされています。

関連分野

エコクリティシズムは、エコフェミニズム、クィア・エコロジー、人類学、生態学、動物学、ポストコロニアル理論、バイオ・リージョナリズムなど、多様な分野と密接に関わっています。これらの分野との連携を通して、人間中心主義からの脱却、多様な視点からの環境問題への考察が促進されています。

研究史と今後の展望

エコクリティシズムは、1990年代以降、学術団体や学術誌の設立を通じて発展してきました。近年は、環境人文学との連携を強め、気候変動問題など、新たな環境問題への対応にも取り組んでいます。「波のメタファー」を用いて、エコクリティシズム研究史を4つの波に分けて解説する試みもあります。それぞれの波において、研究対象やアプローチが変化し、より多様で包括的な視点が取り入れられています。

エコクリティシズムは、文学や芸術という表現媒体を通して、人間と自然の関わり、環境問題を深く考え、持続可能な未来への道を模索する学際的な分野であり、今後もその重要性を増していくことが予想されます。

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