生きてさえいれば

『生きてさえいれば』

小坂流加氏による長編小説で、文芸社文庫NEOより2018年12月15日に刊行されました。作者が逝去された後、愛用されていたパソコンの中に残されていた未発表の原稿を遺族が発見し、編集部に託したことから刊行が実現したという、特別な経緯を持つ作品です。その感動的な物語は多くの読者に支持され、2022年3月時点で累計発行部数は25万部を突破するベストセラーとなりました。

物語は、心臓病を患い入院している叔母・牧村春桜（ハルちゃん）を深く慕う小学6年生の風間千景を主人公に始まります。千景は、病室の窓辺に置かれたまま、宛名も書かれていない一通の手紙を見つけます。それは、大阪にいる羽田秋葉という人物に宛てたものでした。叔母の想いを知った千景は、その手紙を届けるため、一人で大阪へと旅立つことを決意します。

大阪で千景は苦労の末、秋葉が働く酒屋にたどり着き、秋葉の妹・夏芽と出会います。成り行きで秋葉の家に一泊することになった千景は、夜、秋葉と語らう機会を得ます。そこで秋葉は、千景に自身の大学時代の東京での日々、そして春桜との忘れられない思い出を語り始めます。

物語は7年前の秋葉の視点による回想へと移ります。東京の大学に入学したばかりの秋葉は、サークルの新入生歓迎コンパで、モデルとしても活躍する憧れの存在、大学3年生の牧村春桜と出会います。初めて会ったにも関わらず、春桜から唐突なプロポーズを受け戸惑う秋葉。当時、同級生の桐原麗奈に片思いしていた秋葉は、予測不能な春桜の言動に振り回されます。しかし、春桜が自身の教室やアルバイト先の図書館にまで現れるようになり、周囲の学生たちの羨望と嫉妬を集めるようになります。

春桜を避けようとしていた秋葉でしたが、ある出来事をきっかけに春桜と深く関わることになります。春桜の姉である冬月との食事を通して、秋葉は冬月の家を訪れるようになり、そこで幼い千景と妹の茜に出会います。子供たち、特に千景は秋葉によく懐きます。秋葉は、春桜が姉の冬月との関係に悩んでおり、「春と冬をつなぐ」名前を持つ秋葉との結婚によって関係を修復したいという、独特の考えを持っていることを知ります。

最初はその奇妙な考えに戸惑っていた秋葉ですが、華やかな外見からは想像できない春桜の純粋で傷つきやすい内面を知るにつれて、彼女への思いは次第に恋へと変わっていきます。やがて、春桜はトラブルで自宅にいられなくなり、秋葉の家に身を寄せ、二人は共に暮らすようになります。しかし、その幸せな日々は長くは続きませんでした。大阪の実家からの連絡や幼なじみの理央の訪問を無視し続けていた秋葉に、突然の悲劇が訪れます。両親が交通事故で亡くなり、妹の夏芽が重傷を負って歩けなくなってしまったのです。

家族を支えるため、秋葉は大学を辞め大阪に残ることを決意します。心配して大阪を訪れた春桜は、秋葉の幼なじみである理央によって会うこともできず追い返されてしまいます。春桜との連絡が取れなくなった秋葉は、姉の冬月に連絡しますが、「戻れないなら春桜のことは忘れて」と告げられてしまいます。さらに、夏芽の病院で親友のジンと春桜の友人・リィから、春桜が妊娠していたこと、そして流産後に心臓病を発症し入院していることを聞かされます。自分が春桜の病気の引き金になったと絶望した秋葉は、春桜に連絡することもできず、そのまま時が過ぎていきました。

物語は再び現在の千景の視点に戻ります。秋葉との会話を通して、千景は過去の出来事を思い出し、秋葉も目の前の少年がかつて自身に懐いていた千景であることに気づきます。千景は春桜の手紙を秋葉に渡し、なぜ春桜を捨てたのかと問い詰めます。秋葉は謝罪しながらも、春桜への変わらぬ思いを伝えます。頑なに東京行きを拒んでいた夏芽も、秋葉が東京へ行くことを許します。

翌朝、千景は秋葉と夏芽と共に、春桜のいる東京の病院へ向かいます。病院に到着した千景と夏芽は連携して秋葉を春桜の病室へと導き、二人の再会を後押しします。手紙を届けた千景は、母である冬月からも優しく労われます。

この旅を通して、千景は「生きてさえいれば、恋だって始められる、『ほんとうの幸』を見つける旅が続けられる」と心に刻みます。それは、過去の断絶から立ち直り、再び希望を見出すことの大切さを描いています。病、別離、後悔といった困難を乗り越え、登場人物たちがそれぞれの「生」を見つめ直す感動作です。

書誌情報

* 小坂流加 『生きてさえいれば』 文芸社〈文芸社文庫NEO〉、2018年12月15日発行、ISBN 978-4-286-20200-6

※主な登場人物：風間千景、羽田秋葉、牧村春桜、風間冬月、神命（ジン）、羽田夏芽、兵頭理央

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