甫庵信長記

『甫庵信長記』の概要

『甫庵信長記』（ほあんしんちょうき/ほあんのぶながき）は、江戸時代初期の儒学者であり医師である小瀬甫庵が執筆した、織田信長を題材にした仮名草子です。この作品は、原題としては『信長記』（しんちょうき/のぶながき）ですが、太田牛一の『信長記』との混同を避けるために『甫庵信長記』と呼ばれています。

書籍の背景と流通

甫庵の作品は、太田牛一による『信長公記』を基にしており、出版物は古活字本と整版に分かれています。古活字本はカタカナ及びひらがなが混在する二系統があり、特にカタカナが多く用いられている伝本が多く存在します。一方、整版は甫庵が加賀藩に仕官してから刊行され、寛永元年（1624年）、寛永21年（1644年）、寛文12年（1672年）といった年に相次いで発行されました。

小林健三は、甫庵の書く目的を「儒教的価値観の宣揚」と位置付けています。『信長記』において、信長は儒教的な思想に基づく英雄として描かれており、その治世が天道に従わなかったために長く続かなかったという内容が示されています。

内容と評価

『甫庵信長記』は、長篠の戦いにおける三段撃ちなど、信長に関する多くの逸話が含まれていますが、甫庵は意図的にフィクションを織り交ぜているため、史料としての信頼性は低いとされています。甫庵は太田牛一の『信長公記』を「愚にして直な（正直すぎる）」と評し、自身の作品が広く大衆に受け入れられたことを誇りに思っていたようです。ただし、大久保忠教は『三河物語』にて「イツハリ多シ（偽りが多い）」として、一部の事実しか書かれていないと述べています。甫庵自身も『太閤記』で、彼の作品が「言葉が美しくなく、文章に連続性がないと批判されることが多い」と認めつつも、よく読まれていることは評価しているのです。

初刊年の諸説

この書の初刊年については、慶長9年（1604年）、慶長16年（1611年）、元和8年（1622年）の三つの説があります。慶長9年説は、同書の自序に記載された夢のお告げに基づいているとされ、慶長16年説は林羅山による序が根拠です。現在では、川瀬一馬が提唱した元和8年説が一般的に受け入れられています。しかし、柳沢昌紀は甫庵が慶長17年に白山神社に奉納した記録から、慶長16年頃としている見解も示しています。長谷川泰志も元和8年説を支持しつつ、慶長9年経験には既に刊行計画があった可能性を指摘しています。

書籍の入手可能性

甫庵の作品は、国立国会図書館のデジタルコレクションで写本や古活字版、和文が閲覧可能です。これにより、興味のある読者は手軽にアクセスし、内容を確認することができます。

このように、『甫庵信長記』は信長の物語を独自の視点で描いた作品であり、その内容と評価は多角的に語られることが多いです。信長という歴史的人物を通じて、甫庵が伝えたかった価値観や教訓を考察することは、今なお多くの人々にとって魅力的なテーマであると言えるでしょう。

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