田中平八

天下の糸平：田中平八

田中平八（1834年8月15日 - 1884年6月8日）は、幕末・明治期に横浜を舞台に活躍した伝説的な相場師、そして実業家です。「天下の糸平」の名で知られ、開港間もない横浜で生糸や洋銀の相場に手を染め、巨額の富を築き上げました。その生涯は、波乱に満ちたものでした。

生い立ちと初期の苦難

田中平八は、信濃国伊那郡赤須村（現在の長野県駒ヶ根市）で、藤島卯兵衛の三男として生まれました。生家は元々裕福でしたが、米相場と綿相場での失敗により没落。幼少の頃から苦労を重ねます。11歳で飯田の商家に奉公に出されますが、独立を目指して名古屋に出るも失敗。その後、大阪で米相場に挑戦しますが、これも上手くいかず故郷に戻るという苦難の日々を送りました。

横浜での成功

転機が訪れたのは、1859年（安政6年）。妻と娘を残して横浜へ向かいます。当初は苦労の連続で、1863年には四日市からの茶輸送中に船が難破し、全財産を失うという憂き目にも遭いました。一時は剣の道を目指し、江戸の練兵館で修行したり、水戸天狗党の乱に参加して投獄されたりもしましたが、獄中での経験から商売で身を立てることを決意します。

出所後、横浜で車夫として働きながら、大和屋三郎兵衛の元で生糸の売買や洋銀取引に携わるようになります。1865年（慶応元年）には田中和助の養女と結婚。同年、洋銀取引で大きな利益を得たことをきっかけに、横浜の南仲通に「糸屋」という両替商を開業しました。商売は順風満帆とはいかず、大損や火災にも見舞われましたが、その度に立ち上がり、ついには横浜屈指の豪商へと成長。「天下の糸平」と呼ばれるようになりました。

社会貢献と晩年

成功後、田中平八は故郷への恩返しとして大規模な宴席を設けるなど、社会貢献にも力を入れました。1868年（明治元年）には、自邸を洋銀相場会所として提供。1872年（明治5年）には横浜金穀相場会所を設立し、頭取に就任しました。相場師としての才能を発揮する一方で、諸戸清六や今村清之助らと組んで、外国人商人相手に仕手戦を仕掛け、勝利を収めることもありました。しかし、その過程で偽札を用いたことが発覚し、横浜での商売から手を引くことになります。

その後、1876年（明治9年）に東京で田中組（後の田中銀行）を設立。東京株式取引所の設立にも尽力し、大株主となりました。晩年は東京米商会所（現在の東京穀物商品取引所）の初代頭取に就任するなど、日本の経済界に大きな足跡を残しました。病に倒れた後は、療養先の熱海に私財を投じて水道や電話線を敷設するなど、地域社会への貢献も忘れなかったと言われています。1884年（明治17年）6月、波瀾万丈の生涯を終えました。

遺産

田中平八の墓は、横浜市良泉寺と多磨霊園にあります。1891年（明治24年）には、伊藤博文の揮毫による「天下之糸平」の石碑が木母寺に建立され、その功績が讃えられました。「相場は騎虎の勢い」を座右の銘とし、横浜では富貴楼という料亭を経営し、伊藤博文や大久保利通など、政財界の要人が集う場所となりました。

親族

田中平八の親族も、各界で活躍しました。長女の夫である田中菊次郎は、糸平不動産や田中鉱山を興し、その息子である田中銀之助は、日本にラグビーを伝えた人物として知られています。三男の高田釜吉は、高田商会を継ぎ、その曾孫にはタレントの高田万由子がいます。

田中平八の生涯は、時代の波に乗り、才覚と努力で巨万の富を築き上げた一人の男の物語として、今もなお語り継がれています。

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