田中美一

田中 美一（たなか よしかず）

1938年に神奈川県横浜市で生まれた田中美一は、日本の野球史に名を刻むアマチュア野球審判員です。その卓越した判定眼と公正な姿勢から、「ミスター球審」と称され、学生野球から社会人野球、さらには国際舞台に至るまで、数多くの重要な試合でジャッジを務めました。

経歴

田中が野球を始めたのは小学4年生の頃でした。中学、そして神奈川県立希望ケ丘高等学校時代は投手として活躍し、高校では2年連続で県大会ベスト4進出に貢献。エースで4番という投打の中心選手でした。立教大学に進学後も野球を続けましたが、2年生に進級する春のキャンプ中に、他の選手の打球が右足首に当たり骨折。この怪我により、投手としてのさらなる飛躍は叶わず、大学リーグ戦での登板機会は得られませんでした。大学卒業後は日本通運浦和に入社し、捕手に転向して野球を続けましたが、社会人野球は4年で区切りをつけました。その後、横浜市にある実家の材木店を継ぐため、野球の世界から一時的に離れました。

野球から離れて7年が経過した1970年、転機が訪れます。立教大学の先輩から、東京六大学野球の審判員に欠員が出たため、神宮球場で審判を務めてみないかという誘いがあったのです。この申し出を受け入れたことから、田中美一の審判人生が始まりました。以降、高校野球や社会人野球の審判も兼任するようになります。

1988年には国際野球連盟の国際審判員の資格を取得し、世界選手権などの国際大会でもジャッジを行うようになりました。驚異的なのは、これらの国際舞台での活躍に備え、英語とスペイン語を独学で習得したことです。福岡ユニバーシアードや第18回アジア野球選手権大会でチーフ審判として手腕を発揮し、その力量が高く評価された結果、1996年2月7日には国際野球連盟の1995年度最優秀審判（アンパイア・オブ・ザ・イヤー）に、日本人として初めて選ばれるという快挙を成し遂げました。同年7月に開催されたアトランタオリンピックでは、野球競技の審判員として、日本人ではただ一人選出されています。これは、ソウル、バルセロナの両五輪に参加した布施勝久氏に次ぐ2人目の快挙でした。晩年には、1999年から2000年にかけて日本野球連盟の規則・審判専門委員長を務め、後進の指導やルールの整備にも貢献しました。

2012年2月23日、心不全のため74歳でその生涯を閉じました。

人物と審判哲学

田中美一は、家業である材木店の経営を続けながら、審判活動を行っていました。高校野球と東京六大学野球でそれぞれ年間約20試合、社会人野球では年間約30試合の審判を務めたほか、年に2週間程度は海外での国際試合にも参加していました。さらに、シーズンオフには全国各地で審判講習会の講師を務めるなど、多忙を極め、月に一度休みがあれば良い方だったといいます。

温厚な人柄で知られ、普段は口数が少ないタイプでしたが、質問には非常に丁寧に答える人物でした。他人を厳しく叱責することはほとんどなかったそうです。

審判としての哲学として、判定に不服があった際に観客がスコアボードで審判の名前を確認する様子に触れ、「名前を覚えられない審判が良い審判だ」と語っていました。これは、審判の存在が目立つのではなく、試合の流れをスムーズに進めることに徹するべきだという、彼の信念を表しています。

著名なジャッジとエピソード

田中の審判人生の中でも特に語り草となっているのが、1996年夏の第78回全国高等学校野球選手権大会決勝、松山商業対熊本工業戦で生まれた「奇跡のバックホーム」における本塁でのアウトの判定です。3対3で迎えた延長10回裏、一死満塁のサヨナラのチャンスで、熊本工業の打者がライトへ放った打球は犠牲フライには十分な飛距離でした。三塁走者はタッチアップから本塁へ突入。誰もがサヨナラ勝ちを確信しましたが、ライトからの返球は捕手のミットに直接収まり、捕手は本塁を狙う走者にタッチ。一塁側のファールグラウンドにいた田中球審は、このタッチプレーに対し、力強く右腕を突き上げ「アウト」を宣告しました。

当時の本塁でのジャッジの基本位置は、送球の延長線上である三塁側でした。しかし田中は、打球処理後に打者がバットを置く位置を避けようとしたこと、そして三塁走者がタッチアップの準備に入っているのを見て、三塁側への移動が間に合わないと判断し、あえて一塁側に留まりました。この位置取りが功を奏し、タッチプレーを最高の角度から見ることができたのです。

試合後、なぜ一塁側にいたのか問われると、「打球に引き寄せられるように、無意識に一塁側へ体が動いた。だからタッチプレーが見えたんだ」と答えたといいます。田中の教え子である審判員や、当時の愛媛県高野連審判長らは、このジャッジはプレーを読む力、すなわち田中の日頃の努力と天性の感性、そして定石にとらわれない勇気によるものであり、「お手本となる審判」であると高く評価しています。田中自身もこの判定について「最高のジャッジが出来た」「生涯最高のジャッジだった」と語り、亡くなる際にはこの言葉を遺言として棺に納められたといわれています。この判定には一部で誤審ではないかとの声もありましたが、当時の新聞に掲載された写真には、捕手がタッチした際に走者のスパイクがホームベース手前にあったことが捉えられており、田中のジャッジが正しかったことを裏付けています。熊本工業の主将も後に、「100人中100人がセーフだと思うタイミングでアウトにするには、よほどの確信が必要。素晴らしいジャッジだった」と語り、田中の判定を称賛しました。

また、国際大会でのエピソードとして、スペイン対イタリアの試合で、判定に抗議して打席を離れたイタリアの選手に対し、田中小審が自身のマスクを渡してバットを取りあげ、「私が打席に入るから君が審判をしろ」と言ったという一件も残されています。この機転の利いた対応は、スペインの応援団から喝采を浴びたといいます。

田中美一は、家業を営む傍ら、情熱を持って野球審判に打ち込み、国内外の重要な試合で的確かつ公正なジャッジを提供し続けました。その功績と温厚な人柄は、今なお多くのアマチュア野球関係者やファンに記憶されています。

（注：本文は提供された情報を元に構成・リライトしています。一部具体的な試合年や詳細なエピソードを盛り込みました。）

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