田園の憂鬱

『田園の憂鬱』は、佐藤春夫によって書かれた小説であり、『病める薔薇』という別名も持っています。この作品は1919年（大正8年）に定本として刊行されました。

概要

当初は『病める薔薇』という題名で雑誌「黒潮」に掲載されました。これは1916年5月のことです。『田園の憂鬱』のおよそ四分の一に相当する部分まで書き進められ、『続病める薔薇』として原稿用紙50枚分が書き上げられました。しかし、編集者から拒否されたため、作者自身がこれを破棄しました。その後、1918年2月に『田園の憂鬱』として全編が書き上げられ、同年9月に雑誌「中外」に掲載されました。しかし、佐藤自身が作品に不満を持っていたため、推敲を重ね、1919年3月に最終稿としました。

内容は、作者自身の田園生活の中で感じた心情が、赤裸々に吐露されています。憂鬱と倦怠感に代表されるような、病的な当時の心境が描かれています。文体は写実的であり、作者の深い感情に裏打ちされ、同時に修飾され、抒情的な文体へと昇華されています。この抒情的な情景には、日本人が共通して持っている古き良き時代へのノスタルジアや感情が秘められているため、多くの人々の共感を呼ぶと指摘する人もいます。当時、佐藤は神経衰弱を患っており、都会から離れて田舎で暮らすことで、都会で受けた精神的な疲弊を回復しようとしました。しかし、この作品を執筆することで、自己再生を期待していたとも解釈できます。

作品の舞台

作品の舞台は、神奈川県都筑郡中里村鉄、現在の横浜市青葉区鉄町にあたります。ここは武蔵国と相模国の国境に近い丘陵地であり、武蔵野台地の南端に位置し、鶴見川が流れています。気候は温暖で、なだらかな丘陵が連なり、ブナ科のコナラが多く、武蔵野らしい雰囲気をよく残しています。地下水にも恵まれ、小川や湧水池も存在しました。また、水田や炭焼きも行われており、素朴な田園地帯でした。1916年（大正5年）4月、佐藤は内縁の妻と2匹の犬、そして1匹の猫とともにこの地に移住し、1920年（大正9年）までを過ごしました。現在、この付近には文学碑「田園の憂鬱由縁の地」が建立されています。

現行版

現在、以下の版が入手可能です。

『田園の憂鬱』新潮文庫、改版1996年。ISBN 978-4-10-107001-8
『女誡扇綺譚・田園の憂鬱 ほか』小学館（選書判）、2019年。ISBN 978-4-09-352379-0
『田園の憂鬱』岩波文庫、改版2022年。ISBN 978-4-00-310719-5

外部リンク

『田園の憂欝 或は病める薔薇』：新字旧仮名 - 青空文庫
* 原仁司, 『田園の憂鬱』論

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