甲府在番

甲府在番

松本清張の短編小説『甲府在番』は、1957年に『オール讀物』に掲載され、後に同名の短編集に収録されました。この物語は、江戸時代を舞台に、甲府勤番を命じられた旗本、伊谷求馬が主人公です。彼は、病死したとされていた兄・伊織の足跡をたどり、山梨の奥地で繰り広げられる陰謀に巻き込まれていきます。

あらすじ

物語は、旗本小普請組の伊谷求馬が、兄・伊織の死の知らせを受け、家督を継ぎ、甲府勤番を命じられるところから始まります。甲府に赴任した求馬は、兄が実際には行方不明であり、鰍沢で目撃されたのが最後であることを知ります。組頭に身延山参詣を願い出た求馬は、鰍沢から下部温泉へと向かい、そこで老人の弥平太と女のおしんと出会います。兄が残した手紙にあった「熊輪」という謎は、依然として解けません。

そんな折、近所に住む上村周蔵という男から、伊織が内密の仕事で絵図面掛りを命じられ、下部から東の奥地を踏査中に金鉱の存在を嗅ぎつけ、それを奪おうと企てたのではないかという推論を聞かされます。周蔵は、湯宿で出会った老人は、武田信玄の時代から金鉱を監視する役目を担ってきた山口衆の子孫である弥平太であり、自分も伊織同様に金を奪って江戸へ帰ろうとしていると打ち明けます。

求馬は湯治を口実に下部温泉に滞在し、周蔵と合流。弥平太とその妾・おしんが住む部落の家から「熊輪」の場所へ向かおうとしますが、案内人なしでは戻れない雪深い山の中に入り込んでしまいます。果たして求馬は、兄の謎を解き、陰謀を阻止することができるのでしょうか。

舞台設定

著者の松本清張は、本作の舞台設定について、山梨県西八代郡（現在の身延町）の下部温泉から山に入った場所を選んだと述べています。取材のため、実際にハイヤーを雇って現地を訪れたところ、道は狭く険しく、雪がタイヤの半分ほども埋まるような状況だったそうです。著者は、その時の経験を「車内に乗っていて気が気でなかった」と振り返っています。また、部落の人々も、滅多に車でここまで来る人はいないと言っていたそうです。無事に山から降りた時は、胸を撫で下ろしたと語っています。

作品の評価

推理小説研究家の山前譲は、本作を『異変街道』の原型とも言える短編であると評し、「甲府勤番の日常が『異変街道』よりも細かく描かれている」点を評価しています。また、推理作家の有栖川有栖は、本作を「歴史に材をとりながらも深刻ではなく、謎解きや機知、冒険的な展開がある伝奇小説」と評しています。

舞台化

1966年7月には、東京宝塚劇場にて舞台化もされています。この公演は、同年の8月にフジテレビ系列の「夜の十時劇場」枠で2回にわたって放送されました。舞台版の主なキャストは、松本幸四郎、山本富士子、尾上梅幸です。演出は菊田一夫が担当しました。

関連情報

物語の後半の舞台となった場所の近くには、湯之奥金山があります。これは、現在の身延町湯之奥地区にある金山です。

『甲府在番』は、歴史ミステリー、冒険小説、伝奇小説の要素が入り混じった、松本清張の短編小説の中でも異彩を放つ作品と言えるでしょう。作者の実体験に基づいた描写が、作品にリアリティを与え、読者を物語の世界へと引き込みます。

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