甲斐庄楠音

甲斐庄楠音：大正ロマンと映画界を駆け抜けた異才の画家

甲斐庄楠音（1894-1978）は、大正から昭和時代にかけて活躍した日本画家であり、映画の時代考証家として広く知られています。華麗な旗本の子孫に生まれた彼は、恵まれた環境の中で育ちましたが、幼少期から喘息を患い、病弱な体質でした。その繊細な気質は、彼独自の芸術観に深く影響を与えたと言えるでしょう。

京都での青春と画家の道

京都で生まれ育った楠音は、京都市立美術工芸学校を経て京都市立絵画専門学校（現京都市立芸術大学）を卒業しました。在学中は竹内栖鳳ら巨匠に師事する一方、授業にはほとんど出席せず、独自の道を歩み始めます。同級生たちと前衛的な日本画研究集団「密栗会」を結成し、早くからその才能を認められていました。

彼の画風は、従来の日本画とは一線を画すものでした。女性を題材とした作品が多く、官能美をリアルに表現した大胆な画風は、当時の社会に衝撃を与えました。一方で、そのグロテスクで暗い色調は、人々の賛否を巻き起こすことになります。

土田麦僊との確執と映画界への転身

1920年代、楠音は国画創作協会や帝展に出品し、注目を集めました。しかし、同時代の画家、土田麦僊との確執が、彼の画家としての道を大きく変えることになります。「穢い絵」と評された作品は、展示拒否されるなど、数々の困難に見舞われます。この経験が、彼を映画界へと導いたと言えるでしょう。

溝口健二監督との出会いによって、時代考証家として映画の世界に足を踏み入れた楠音は、その才能を遺憾なく発揮します。溝口作品をはじめ、多くの映画で衣装や時代考証を担当し、200本以上の作品に携わりました。旗本退屈男シリーズの豪華な衣装も彼のデザインによるものです。1953年には、溝口監督作品『雨月物語』がヴェネツィア国際映画祭で銀獅子賞を受賞し、楠音自身もアカデミー衣装デザイン賞にノミネートされるなど、大きな成功を収めました。

晩年と再評価

映画界での成功後も、楠音は絵画への情熱を捨てていませんでした。1960年代には、過去の作品が再評価され、注目を集めます。晩年は健康上の問題もあり、作品数は少なくなりましたが、最晩年には六曲一隻の屏風絵『虹のかけ橋（七妍）』を完成させました。

彼の生涯は、絵画と映画という異なる分野を縦横無尽に活躍した、まさに異才の画家の人生でした。独特の画風、波乱の半生、そして映画界での成功は、現代においても多くのファンを魅了し続けています。近年では、彼の作品が再評価され、画集の刊行やドキュメンタリー番組の制作なども行われています。その生涯と作品は、今もなお、多くの人々にインスピレーションを与え続けています。

主な作品と参加映画

主な作品

横櫛
青衣の女
女と風船
虹のかけ橋（七妍）

主な参加映画

元禄忠臣蔵（1941年、監督：溝口健二、衣裳考証担当）
女優須磨子の恋（1947年、監督：溝口健二、衣裳考証担当）
お遊さま（1951年、監督：溝口健二、衣裳考証担当）
雨月物語（1953年、監督：溝口健二、風俗考証担当）
大菩薩峠（1957年、監督：内田吐夢、衣裳考証担当）
旗本退屈男シリーズ（俳優としても出演）

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