画家の兄フィリップ・ルーベンス

ピーテル・パウル・ルーベンス作『画家の兄フィリップ・ルーベンス』

この作品は、バロック期フランドルの巨匠ピーテル・パウル・ルーベンスが、1610年から1611年頃に描いた油彩の肖像画です。ルーベンスの兄であり、人文主義者であったフィリップ・ルーベンス(1574-1611)を描いています。フィリップは、新ストア派の学者ユストゥス・リプシウスの弟子であり、古典古代の言語や文化の研究に携わっていました。1601年から1607年までイタリアに滞在し、アスカニオ・コロンナ枢機卿に仕えた経験を持ちます。この間、弟のピーテル・パウル・ルーベンスと行動を共にすることも多く、一時的に同居していた時期もありました。その後、アントウェルペンに戻り、市の書記官を務めましたが、1611年に若くして亡くなっています。

作品の詳細

肖像画では、フィリップは黒い衣服に白い大きな襞襟を身に着け、胸像として描かれています。視線は鑑賞者をしっかりと見据えており、わずかに右を向いた顔は、明暗のコントラストが強調され、ルーベンス特有の細密な筆致で精緻に描写されています。この技法は、ルーベンスがイタリアから帰国した直後の時期に特徴的なものです。背景は褐色で荒い筆致で描かれており、余計な装飾を排したシンプルな構成となっています。本作は、フィリップの早逝という出来事を受けて、弟であるルーベンスが彼の追悼のために描いたと考えられています。

ルーベンスは、この作品をアントウェルペンのシント・ミヒール修道院教会堂にあったフィリップの墓碑として制作したのではないかという説があります。18世紀の教会堂内の美術作品に関する記述に、しばしば墓碑の肖像画についての言及が見られるからです。しかし、その肖像画が楕円形であったという記述があり、本作が方形であること、そして過去に楕円形であったことを示す痕跡がないことから、この説は確定的ではありません。本作は、1926年以降、アメリカ合衆国ミシガン州デトロイト美術館に所蔵されています。

『四人の哲学者』との関連性

フィレンツェのパラティーナ美術館には、本作と同時期に制作されたと考えられる『四人の哲学者』が所蔵されています。この作品には、フィリップ、その師リプシウス、学問仲間のヨアネス・ウォウウェリスが描かれています。また、フィリップの背後には、ルーベンス自身が描かれており、兄弟の深い絆を感じさせます。背景の壁龕には、セネカの胸像と共に、花瓶に生けられた4本のチューリップが描かれており、そのうちの2本は花が開いており、これはリプシウスとフィリップの死を象徴していると考えられています。『四人の哲学者』もまた、ルーベンスが兄の死を悼んで制作した作品と考えられており、本作と合わせて、兄弟の絆の深さ、そしてルーベンスの人間への深い洞察を物語る作品と言えるでしょう。

まとめ

『画家の兄フィリップ・ルーベンス』は、ルーベンスの優れた描写力と、夭逝した兄への深い愛情が込められた肖像画です。ルーベンスは、本作と『四人の哲学者』を通して、兄弟の絆や死に対する感情を表現しました。この作品は、バロック絵画の傑作として、美術史に重要な位置を占めています。また、デトロイト美術館に所蔵されており、多くの人々に鑑賞され続けています。


参考文献

『ルーベンス　栄光のアントワープ工房と原点のイタリア』、Bunkamuraザ・ミュージアム、毎日新聞社、TBS、2013年刊行

外部リンク
デトロイト美術館公式サイト、ピーテル・パウル・ルーベンス『画家の兄フィリップ・ルーベンス』 （英語）

オランダ美術史研究所公式サイト、ピーテル・パウル・ルーベンス『画家の兄フィリップ・ルーベンス』 (英語)

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